基調講演「ITを活用した、誇りある生活」

会場全景写真   清原慶子
  東京工科大学メディア学部長
  CJF副座長

竹中 基調講演を清原慶子さんにお願いいたします。タイトルは「ITを活用した、誇りある生活」です。
 清原さんは私と一緒にこのCJFを第1回から作り上げてきた仲間で、このフォーラムの副座長ですが、東京工科大学メディア学部長というたいへん重いお仕事をなさっておられます。今日は慶子先生からたっぷりと、この「誇りある生活」についてお話しいただきたいと思います。お願いします。

私の「CJF in いわて」への道筋

清原さんの写真清原 皆様、こんにちは。東京工科大学メディア学部の清原慶子と申します。私は、いまナミさんからご紹介していただきましたように、このチャレンジド・ジャパン・フォーラム(CJF)の副座長というお役を第1回から務めさせていただいています。
 障害者の皆さん、私たちは「チャレンジド」と敢えて呼ばせていただいておりますけれども、チャレンジドの皆さんが納税者になるという、この当たり前のことを当たり前にしたい。そういう思いから竹中ナミさんを中心に集まった志を同じくする人たちが、ぜひその思いを広く伝えたいということでフォーラムという形を作りました。
 それが8回目を迎えて、岩手の地でこれだけたくさんの皆様にお目にかかることができること、そして、この「チャレンジドを納税者に」というメッセージを共有できることをたいへん嬉しく、光栄に思っています。
 実は、私はCJFでは副座長でございますが、毎回、総合司会という大役をいただいて、皆様に気持ちよくフォーラムを進めていただくための進行役をさせていただいてきました。ですから、今回初めて講演、それも基調講演という機会をいただいて、正直申し上げまして、大分緊張しております。
 ぜひ、この2日間の皆様の集まりが本当に実感のあるものになるように、その皮切りとして、いくつかの問題提起をさせていただければと思っています。
 私と岩手県との出会いは、実は30年前の大学生のころに遡ります。夏休みに大親友と二人で宮沢賢治のイーハトーブを求めて、初めて盛岡に降り立ちました。その東北の暑さの中で、いくつかの青春の出会いがありました。
 それから20年後、中国訪問で出会った仲間の一人が岩手の胆沢町の出身で、その方を訪ねて何度か胆沢町を訪問しました。そして、冬の遠野市を訪ねました。夏の岩手とは違う、冬の雪の厳しい岩手に出会いました。
 そして10年前、私はある財団の評価委員として、改めて岩手の人々に出会いました。財団法人「盛岡市民福祉バンク」の方々と盛岡の人々が、リサイクル活動を通してフィリピンのマニラと交流されている、その取り組みについて学ばせていただきました。そして、市民主導でマニラの小学生の教育支援をする「盛岡・マニラ育英会」の活動も学ばせていただきました。
 奇しくも今回のCJFで実行委員長をされている村田さんは、その二つのお仕事に関わっていらした方です。岩手の地は、まさにチャレンジドの方も含めて、フィリピン・マニラを結ぶお仕事を10年以上前から発信されてこられたのです。
 そして5年前、今度は遠野市のマルチメディア住宅実験の担当者として、また改めて岩手の方々と出会いました。
 このような出会いを、いま、この第8回CJFの集いへとつながる大事な道筋と考えています。岩手の福祉の心、チャレンジドの活躍、そうしたものを私自身、自分の中に非常に深い縁として感じているわけです。
 だからこそ私は、今日ここで、このIT時代に、ITを活用して誇りある生活を実現しましょうというメッセージを発信したい。そういう生活を、「いつでも、どこでも、誰でも」が実現できるようにしたい。もちろん、チャレンジドの皆さんもです。
 さて、「誇り」とはいったい何を意味するのでしょうか。生きている意味を自己確認できること。自分がこの社会に、この地域に存在することの意義を確認できること。それは、実は物心ついたときから私たち人間一人ひとりが求める生きるテーマではなかったでしょうか。
 そして、もう一つ大事なポイントは、一人ひとりが固有名詞を持つ人間として、その尊厳を確認できること。こうした自己確認は、平等に他者と共に生きるプロセスの中でしか感じることができないものです。
 しかし、現実には教育の現場で、あるいは地域で、残念ながらイジメとか虐待という問題が現れています。障害のあるなしに関わらず、どうも人はなかなか平等に他者と生きることができません。
 どこかに他者との違いを見つけて、自分の優位性を確認することが自己確認でしょうか。どこかに他者との違いを見出すなら、それは優劣ではなくて、その人その人が持つ固有の魅力、個性であるはずです。
 しかし、どうも人間は、その人が男性であるから、女性であるから。子供であるから、高齢者であるから。障害があるから、障害がないから。こういう職業だから、学生だから。そんなわかりやすい属性といわれるもので区別をしてしまいがちです。そうすることで、自分というものを確認してしまいがちです。
 本来、自己確認というのは、他者との関係で優位劣位を決めることではありません。お互いに一人ひとり自立し、その自立を支え合う。他者に支えられて、自分も一人で立つことができる。その自分も他者の自立を支える。こういう経験を通して、私たちは人としての誇りを感じる。自分だけで生きるのではなく、他者と共に生きる誇りを感じるのだと思います。

誇りを持って生きるための「基本的人権」の中身

清原さんの写真(笑顔) さて、私は研究者なものですから、悪い癖なんですが(笑)、こうして抽象的なことを語るときに、何か根拠が欲しいなと思ってしまうんですね。そこで、出身が法学部ということもありまして、改めて基本的人権が保障されることが、誇りの原点ではないかということで、憲法を紐解いてみました。
 憲法論議をする気はありません。私たちが一人ひとり自立する誇りある存在である、その要件としての基本的人権を上げるとするならば、その中身は何なんだろうか、ということです。
 そこで改めて憲法を紐解いてみましたら、基本的人権は誰もが持っているわけですね。そして、誰もが幸福を追求する権利を持っていて、それを追求する上で、法の下の平等が認められています。
 また、言うまでもなく、私たちは自分の心を自由に泳がせたり、羽根をつけて飛ばすことができます。思想および表現の自由というものを保障されています。また、集会、結社の自由を保障されています。
 私たちは誰もが、自分で考えたこと、思ったこと、あるいは作り出したこと、生み出したことを、想像力豊かに、表現力豊かに、他者に伝えることができます。メッセージを、示したいことを、伝えたい価値を、他者に表現することができます。そういう自由を保障された社会に生きています。
 そして、「チャレンジドを納税者に」という、このフォーラムでは欠かせない自由として、「職業選択の自由」そして「学問の自由」があります。
 実は、正直申し上げますと、私は大学の教員になりたくて小さい時から準備をしてきたわけではないんですね。
よく学生に聞かれるんです。「きっと先生のことだから、もう最初から準備周到に、将来は大学教授になるんだって頑張って勉強してきたんでしょう。勉強大好き人間でしょう」と。
 私は、いま学部長という職にあるものですから、軽々に本当のこころは話してはいけないと思いながら、個人的には透明度高く、真っ正直に生きなければいけないと思っておりますから、正直に言ってしまいますね(笑)。
実は、私が大学の教員という仕事に就こうと本気で思ったのは、いろいろな行きがかりで大学に進み、大学院に入り、博士課程も終わろうとしている26、7歳の頃なんです。
 その頃になってようやく、「大学教授になれるかどうかわからないけども、この若い学生さんたちと一緒にいつまでも勉強していきたいな」と思った。自分の身の程も知らずに、大学の教員を志そうかなと思ったんですね。だから、小学校の時も中学校の時もなりたかったのは、別の職業でした。皆さん、聞きたいですかねぇ(笑)。
 バスの車掌さんが一番最初になりたかった仕事で、学生時代はマスコミュニケーションのゼミを取ったぐらいで、「新聞記者か、女子アナになりたいなぁ」と思ったこともありました。でも、それは、職業選択の自由はあっても、先方に選ばれる可能性はきわめて少ない。そう思ってあきらめた、なんていう経緯もありました。
本題に戻りますが。つまり私たちは、いつどのように意識するかは別として、職業を選択する自由を社会が保障する社会、学問の自由もある社会を作って来ました。
 さらに言えば、生存権は社会福祉の事業を考える時の根元的な大事な条文ですけれども、その上に、教育を受ける権利、勤労の権利および義務。それに加えて納税の義務があるということが、憲法には明記されています。
 そうであるならば、私たちは誰でもが学ぶことができる。誰でもが働くことができる。誰でもが税金を納めることができる社会を作ることなくして、基本的人権の保障の全うはないわけですね。この当たり前のことが、憲法には記されているんです。
 私たちがこの社会づくり、国づくり、地域づくりの基礎とするのは憲法でございますから、そこに書かれている基本的人権を保障することが、一人ひとりが誇りある人生を生きることができることにつながる。そう、改めて確認したいと思います。

コミュニケーションのバリアフリー

 平成13年の調査では、身体に障害をお持ちの方は全国に約352万人と言われています。そのうち、在宅の方が約333万人。知的障害をお持ちの方は、平成12年度の調査で、全国で46万人。在宅で約33万人と言われています。
 いま、事故や病気、あるいは加齢によって障害を持たれる方は、長寿社会ゆえに増えています。50歳を過ぎて、あるいは60歳を過ぎてチャレンジドになる方が増えているわけです。
 その方々は、学ぶ機会を持ち、働く機会を持った方も少なくありません。何らかの事情で、突然視覚に、聴覚に、あるいは肢体に障害を得てしまった時、私たちは、まずその障害を受容することの困難に直面します。しかし、それでも私たちは、いまご紹介したような権利を実現しながら、誇りを持って生きていきたいと思うわけです。そして、その誇りは、実は共に学び、働き、活動することから得やすいものです。
 たとえば、ここに今日は中学生や高校生の方が来てくださっています。最近、教育の現場でボランタリーな活動が行われています。社会福祉の観点から、施設との交流であるとか、障害児の方々との交流などを積極的に地域で進めてくださるようになりました。
 障害のある方=チャレンジドと、障害のない方=「健常者」という言葉はあまり好きではありませんが、両者が出会う。それは、人と人との交流を生み、人としての魅力との出会いを促します。
 それは時にイベント的に行われたり、重点的な教育課題として行われたりしてしまって、必ずしも日常的には行われない面があります。しかし、そういう機会であったとしても、私たち人間は素直に、共に学び、働き、活動することを通して、個人を知り、個人と出会い、そして信頼を得ることができます。
 今日、CJFをこの岩手の地で実現するに当たりまして、多様な団体の方が出会い、実行委員会を構成し、準備を進められてまいりました。
 熱き思いが大きな力となるとき、あの方は障害者団体の方だとか、あの方は福祉団体の方だとか、あの方はIT企業の方だとか、出身母体などほとんど関係がなくなってしまいます。
 一つの目標を共有し、過程を共有し、今日と明日の大切な2日間を共有することによって、私たちはお互いにとって欠くことのできない存在となり、この地域にとって、この活動にとって、一人ひとりが欠かせない存在になることができます。その実感の中にこそ、本当の意味での熱き思いが再び沸き上がり、結集して次のステップへ向かうことになるのだと思います。
 「共に生きる」ということが、ノーマライゼーションの国づくり、社会づくり、福祉のまちづくりの中では、よく言われます。障害のある人もない人も、高齢の人も若い人も、外国籍の人も日本国籍の人も、すべてが共に生きるということは、そんなに珍しいことではなくなりました。
 共に生きるためには、コミュニケーションが欠かせません。お互いが対等に言葉を交わしあい、あるいは文字を交わしあい、あるいはその他の手段で思いを交換できることが大切ですし、交流する場が大切です。
 今日、このCJFのイントロダクションで、「チャレンジドがコンピュータという翼を持った」というメッセージが流れました。ウェブ上の世界、ネットワーク上の世界では、コミュニケーションしている相手の指先に障害があるとか、視覚に障害があるとか、聴覚に障害があるとか、そういうことがほとんど意味のない、対等でフラットな交流が実現しました。
 直接会うというコミュニケーションはとても大事なのだけれども、直接会うということは、その方の風貌、外見、あるいは声の調子、そういうことに惑わされることもある。その人が大切な存在であったとしても、まずは外見的なことで偏見を持ってしまうことがある。身体障害をお持ちの方の場合は、多くそういう経験をされていると思います。
 どうやって付き合ったらいいんだろう。どう話しかけたらいいんだろう。どのように交流したらいいんだろう。相手はきっと負担に思っているのではないか‥‥。
聴衆の写真 視覚障害のある方も、聴覚障害のある人も、その他の身体障害のある方も、ふっと相手の立場に立つと、ここに壁があるのがわかる。相手が悪いのでもなく、自分が悪いのでもなく、コミュニケーションの形でバリアができてしまうと。そういう経験をお持ちだと思うんです。
 ネットワークの経験は、その直接会うことの重要性を再確認させてくれるとともに、直接会うことで生じていたバリアを取る、バリアフリーのコミュニケーションを可能にしてくれたかもしれません。
 そして、私たちはもう一度ITの可能性を確認したいと思います。私たちが一人ひとり誇りある暮らし、誇りある毎日、誇りある他者との関わりを持つために、ITはどういう可能性を持っているのかということを考えてみたいと思います。

今、国の政策も変わろうとしている

 1990年代の終わり頃から20世紀の終わり、そして21世紀にかけて、私たちは「ニューメディア」「マルチメディア」という呼び方から、「IT」「情報技術」「情報通信技術」という言葉に名称を変えながら、その技術に、時間の壁を越え、空間の壁を越え、人と人とを繋ぎ、組織と組織を繋ぎ、そして国と国とを繋ぎ、あるいはたった一人の存在でも多くの人にメッセージを伝えることができるエンパワーメントの力を期待しました。
 そういうITへの期待が産業振興への期待になり、経済復興への期待、国際化促進への期待、健全な競争のある社会の再構築への期待を膨らませました。
 その一方で、競争に追い付けない、落ちこぼれてしまう、ますます格差が広がるという不安や、力なき者はますます力がなくなり、力あるものはますます力を持つという不信も生まれました。
 したがって、ITに対する評価も、二律背反のアンビバレントなものになっているかもしれません。しかし、私たちはエンパワーメントの力のほうに、敢えて注目したいと思います。ITが持つ私たちを強めてくれる力を、その可能性を伸ばしていきたいと思います。
 情報通信技術が可能にしたこと。それは小さな規模の組織でも、小さな人々の思いでも、それを幅広く伝えることができる。マスメディアを中心とした時代とは違う多元化の時代、その可能性をもたらしてくれました。小さな規模の会社でも、小さなNPOやNGOでも、社会に向けて世界に向けて、その力を発揮することができる。そういう手段として、ITが生かされる事例をたくさん持ってきました。
 プロップ・ステーションが端的な例を示してくれています。その活動は、チャレンジドが働くことにつながる学習機会の確保であり、働く機会の確保であり、このような能力を活かしたいと思う人と、このような能力を欲しいと思う人とをマッチングさせる取り組みです。こうしたボランタリーな取り組みが社会の基盤になっていくために、ITの力が生かされています。
 実は、国の政策も、地域の政策も、プロップ・ステーションとCJFが進んできた時の流れの中で、次第次第に大きなシフトを起こしています。
 「法定雇用率」という言葉があります。チャレンジドの方々が企業等に一定割合雇用されるように定められた数値です。それを達成してもらうことを奨励し、達成されなければそれなりの制裁を課すという政策です。しかし、これまでの雇用には通勤という前提がありましたから、このような雇用促進策には逆効果の面も指摘されてきました。「通えなければ、やっぱり採用できない」ということで、多少の制裁ならそちらを取るという企業もあったからです。そういうところでは、チャレンジドを共に働く人とは見なくなってしまうという影響があったかもしれません。
 しかし、今、国の政策は変わろうとしています。私が関わっております例でご紹介します。私は、内閣府の中に設置されている障害者施策推進本部の参与を、昨年からお引き受けしています。参与とは、障害者施策についていろいろ意見を言わせていただく立場、すごく自由度のある立場で、年に何回か参与会があります。そこには、障害当事者の方もいらっしゃいますし、障害者雇用のことを考えていらっしゃる民間企業の方もいらっしゃいますし、教育の専門家やバリアフリーの専門家、そして私のようなメディアのバリアフリーを考えるような立場の者も採用になっています。
 去年から今年にかけて、その参与会のメンバーが共通に提案しているのは、「通勤できる人の雇用だけを考えるという堅い考え方から解放されてみませんか」ということです。
 職場でチャレンジドの方達が働く機会を保障されるということは重要です。しかし、自宅や近くの小さな事業所で働くと言う形態、あるいはメインのオフィスに行く途中にあるサテライトオフィスで働くという形態、つまり、通勤しない働き方や通勤しやすい働き方を認めて、就業するということを根本的に保障していこうではないか。そういう提案です。
 この方策は、竹中ナミさんも委員として検討されている新しい障害者プラン作りの一つの柱になっていくだろうと思われます。
 もう一つ、ご紹介します。内閣府の国民生活審議会に「雇用・人材・情報化委員会」が設置されました。国民生活審議会というのは、まさにライフスタイルを重点的なテーマにする審議会ですが、今の時代、ライフスタイルとワークスタイル、働くことと暮らすことを別々に考えるというのは、ちょっと無理がありますね。家族であろうと地域であろうと、市町村であろうと都道府県であろうと、私たちが共に暮らすことを考える時には、当然、働くことが、その地域の中で24時間、共にあるわけです。
 したがって、この雇用・人材・情報化委員会の最後の答申は、働くことと生活のスタイルは密接な関係があるので、統合的に考えようという、ごくごく当たり前の提案になっています。 
 答申は、主題に「働き方とライフスタイルの変革」、副題に「ITを活かして多様な選択肢の実現を」と謳っています。
 私たちは画一的な暮らし方を望んでいません。働き方もそうです。特に、チャレンジドの方、子育て中の方、要介護の人と暮らしている方などは、そうです。また、高齢でも元気で働きたい方もいます。そういう私たち一人ひとりが働き暮らすことを考えていくならば、選択肢が多く用意されていることが、働くことの保障、そして納税の義務の実現につながるわけです。
 この雇用・人材・情報化委員会の最終答申の中でも、当然のことながら、障害者も高齢者も働ける選択肢の多い社会づくりをすべきである。そのために学習機会を、そして働く機会を、そして、雇用の多様性をというようなことを提案させていただきました。
 チャレンジドが納税者になる社会を作るということは、実はチャレンジドのみならず、私たち一人ひとりが生き方、働き方、暮らし方、遊び方、学び方を自分に合った形に組み合わせることができる。そういう多元性を保障することに繋がるのではないでしょうか。

「For チャレンジドから By チャレンジドへ」の大きな飛躍

 さて、チャレンジドの方が就労機会を得たとします。そうしたら、次は働き続けるためのサポートは必要です。また、チャレンジドの就業を支援する個人や組織や企業が、その支援をさらに進めていく動機付けとなるような政策が必要ですよね。
 私たちは、望ましいあり方を目指しました。「チャレンジドも納税者になる社会」というビジョンを描きました。そのための一歩は、もちろんチャレンジドの方々が働くための学習機会を保障していくこと、働く機会を生み出していくこと、そして共に働く私たちが意識を変えていくことです。当たり前のようにそのことができていくためには、そうした条件整備をしていく地域社会そのものが問い直されています。
 そして、もっとも付け加えなければいけないのは、チャレンジド自身の自己啓発でもあります。チャレンジドの方々も、それを取り巻く環境も多様です。障害の種別によっても、家族の対応によっても、学校教育の経験によっても、いろいろな考え方が生まれてきます。
 「チャレンジドを納税者になんて、そんな面倒くさいこと言わないでくださいよ」という声が、ないわけではありません。「私たちは働くこと以外の機会で自分自身を実現していきたいのであって、納税だけに何か一元的な価値を見出さないで欲しい」という声がないわけではありません。「チャレンジドではない人だって、働いていない人はいっぱいいるじゃないですか」、「納税の義務を果たしていない人がいないわけではないでしょう」、そういう問いかけに私は何度も出会います。
 私たちすべてに投げかけられているテーマは、納税の義務を果たしたい人が納税できる社会にすることです。これは、チャレンジドの方も、一度ならず何度か直面して考えていただきたいテーマです。
 「これ」という正解を言い切る力は、私にはないかもしれません。けれども、私には確信していることがあります。それは、「フォー・チャレンジドからバイ・チャレンジドへ」という考え方、「イーハトーブ・バイ・チャレンジド」という今回のCJFのメッセージの重みです。
 支援される側にいるだけでなく、自立し、自分も地域づくりや社会づくりや、職場づくりや教育づくりに参加したチャレンジドの方々。その笑顔、自信、満足度、そして時々の涙に、私は確信します。社会を作るのは、一方が支え、他方が支えられる関係だけではない。相互に支え合う経験をすることです。
 チャレンジドの方は、障害を得たときから支えられることに慣れざるを得なくなってしまいます。「誰かに迷惑をかけなければ買い物にも行けない、学校にも行けない、職場にも行けない、助けられなければ何もできない」と。
 しかし、チャレンジドの方だけが支えられる側なのでしょうか。私はそうではないと思っています。支える。支えられる。これはまさに相互作用であって、チャレンジドが働くことは、それが誰かに支えられての就業であったとしても、支える人を豊かにします。
 長年、家族の介護を受けていたチャレンジドが就業したとき、彼・彼女の介護をしていらした家族の方が、おっしゃいます。彼・彼女が仕事に集中しているとき、初めてホッとして自分の時間を持つことができた。その開放感は、彼・彼女が何もしないので放っておいて得た自分の時間とはまったく違う。なぜなら、彼・彼女は何らかの能力を発揮して働いているのだから、貢献しているのだから、それに対価が払われるのだから、と。そうであるならば、支えることは誇りですという声も、これまた何人からも聞きました。
 チャレンジドの納税が示すのは、人間の誇りです。これは容易なことではありません。しかし、チャレンジドがその能力と努力を正当に評価されて、働く機会を得て、正当な収入を得て、そこから税金を納めるとき、私たちは共に生きる者としての誇りを尊重しあえるでしょう。
講演中の清原さんの写真 そして、いま、そういう社会の基盤として、ITを活かすことができます。ITは使い方を間違えれば、人間関係を壊したり、個人情報をバラ巻いたりする、極めて悪辣な道具にもなりえます。しかし、私たちが誠心のある、真心のある人間として正しい目的に使うとき、ITは人々が支え合い、相互支援する基盤としてのパワーを発揮します。それがITが持っているエンパワーメントの力です。
 それを活かす地域づくりを、今、改めて、この岩手の地から発信していただければ、ありがたいと思います。
 それぞれ、いろいろな日常を抱えながら、今日ここにお集まりになられたと思います。その日常生活を原点にしながら、特別なことではなく、ごく当たり前のこととして、チャレンジドと共に働き、チャレンジドと共に納税者となり、チャレンジドと共に参加と協働のまちづくりを担えるような、そういう地域作りは、一人ひとりの力とITを活用する知恵にかかっているのではないでしょうか。
 ぜひこの2日間で、このITのパワー、そして何よりチャレンジドのパワー、人々と支え合い交流することのパワーを共に得て、新しい出発をしていきたいと思います。
 私から「イーハトーブ・バイ・チャレンジド」に向けてのメッセージを語らせていただきました。申し上げ足りないところもたくさんあるかと思いますが、ぜひお一人お一人にこのメッセージが届きますことを願っています。どうもありがとうございました。

竹中 慶子先生ありがとうございました。「ITを活用した、誇りある生活」というテーマで、憲法のことから今の制度のこと、そして一人ひとりの意識の問題と、とっても幅の広いお話をいただきました。もう一度、慶子先生ありがとうございました。

聴衆の写真