セッション1「学ぶこと、働くこと、そしてIT」

全体の写真 コーディネータ
成毛 眞  インスパイア代表取締役社長
      (前マイクロソフト代表取締役社長)
パネリスト
 阿多親市  マイクロソフト代表取締役社長
 金子郁容  慶応幼稚舎長・慶応大学教授
 中野秀男  大阪市立大学学術情報総合センター教授
 手嶋雅夫  T&T代表取締役社長
 西嶋美那子 日本経団連障害者雇用アドバイザー
       IBM APワークホースダイバーシティ
 安延 申  スタンフォード日本センター研究部門所長
 竹中ナミ  プロップ・ステーション理事長

成毛 それではセッション1「学ぶ事、働く事、そしてIT」という題でパネルディスカッションを開催させていただきます。まずは、パネラーの方々から自己紹介を兼ねまして、近況などをお聞きしたいと思います。私の隣の阿多さんからお願いします。

矛盾する競争と雇用率達成の間で

阿多さんの写真阿多 マイクロソフトの阿多です。こういう場にお呼びいただいて、本当に光栄です。ちょうど2年前、東京で開催されたこのフォーラムに初めてお呼びいただいて、それから2度目の参加になります。若干、マイクロソフトの取り組みについてご紹介をさせていただければと思います。
 パワーポイントを使ってお話します。まず、私どもの製品についての考え方ですけれども、「必要な資源があれば誰でも新しい可能性を発見できる」と考えています。ソフトウェアというものは人の可能性を実現していくものだいう考えの元に、常に開発をしているわけです。わかりやすい製品であり、また使いやすい製品、誰にでも使えるような製品として作っていきたいと考えています。
 ここにいくつか製品名を挙げています。ウィンドウズXP、その次期バージョンのロングホーン、そしてタブレットPC。後ほど、もう一回発言の機会が回ってきましたら、製品の方もご紹介をしたいと思います。
 次に、会社としての取り組みについて、お話します。
 私は成毛さんと上司・部下の関係で10年お仕事をさせていただいて、その後、今から2年半ちょっと前に成毛さんから社長を引き継ぎました。その間、仕事についていろいろ教えていただいたわけですが、一番最後に教えてもらったものが、このチャレンジド・ジャパン・フォーラム(CJF)でした。
 5月に社長を受け継いで間もなく、雑誌の企画で、プロップ・ステーションの竹中さんと成毛さんと私という三人の鼎談に出させていただきました。
 まだ社長の心得も何もありませんでした。どうやってビジネスをやるか、どうやって効率的にやるかということは、よく教わったんですけれども、どういうふうに社会の中の一員としてやっていくかという事について考えさせられたのは、その瞬間からと申し上げてもいいかなと思います。
 その時、わかっていなくて、非常に悔しい思いをしました。まだ社長になって2、3週間だったわけですけど、いろいろな社会的なことに対してのバランスですとか、あるいは社会的な意義ですとかが、わかっていないで、いろいろ申し上げたと思います。
 その後、会社の中を調べてみました。先ほど慶子先生のお話にもありました法定雇用率ですけど、はたして当社は1.8パーセントの法定雇用率を守れているのかどうか。当時1100名ぐらいの陣営でしたけど、調べてみるとチャレンジドの方は4名ぐらいしか雇用できていないという現実がありました。
 先ほど通勤の問題もおっしゃられましたが、この点を見ても、私どもは自社ビルを持っておりませんで、いろいろなビルのフロアを借りていますので、そのために通勤をしていただくことができないという問題がありました。たとえば、1階から2階まではエスカレーターで、2階からエレベーターというビルですと、それだけでチャレンジドの方には通勤しにくい環境だったわけです。
 また、仕事の面で言いますと、全社員の中でだいたい4パーセントぐらいが落ちこぼれていくという非常に競争の厳しい会社でもあります。100人いれば4人ぐらいが、評価基準に対して及第点を取れない。そのために、給与が上がらない、もしくは部署を異動する、もしくは退場いただくという厳しさがあります。
 片方で1.8パーセントの雇用を守りながら、片方では4パーセントが落ちこぼれる厳しい評価基準もある。「どうやって両立させたらいいんだ」というのが、私がCJFのパネルディスカッションに初めて参加させていただいたときの話でした。どうやって解決したらいいのか、誰からも答えはいただけませんでした。「できることを探していくんだ」というのが答えであったかなと思います。
 社会貢献プログラムとしては、日本法人としてのギビングのプログラムを、決まった予算の中で、いろんな形でさせていただいています。あるいは、この2〜3年、急速に出てきています中古パソコンのリユースを、IBMさんと一緒になってやらせていただいています。それからマッチングギフト。一人あたり年間120万円まで、個人が寄付するのであれば、会社も同額給付しますよというプログラムです。これらは、多くは成毛さんからの継承物ですが、その後、拡張させていただいたものもあります。
 いま現在、私どもの日本法人では2000名の社員を抱えています。どうやって法人として、あるいは正しい市民としてやっていけばいいのかを考えた結果、一つ、“社内貢献プログラム”というものをやっています。
 私ども社員は概ね毎日コンピュータに向かって、プログラムを書いたり、レポートを書いたり、分析をしたりしています。そうすると、やはり肩が凝ったり、腰が痛んだりするわけです。そんなことから、最初に「これは」と思ったアイディアが、「会社の中にマッサージルームを作ろう」ということでした。マッサージ師の資格のある方、そういう学校を出られてすぐの方に会社に来ていただいて、やっていただくことにしました。
 現在、私どもは東京に4つのビルをお借りしていまして、それぞれ400〜500名程度の社員が中にいます。そこで、2人のマッサージ師の方が1日に1人6セッションのヘルスケアをする。1日12人の社員が40分間のマッサージを受けられる。そういう体制でスタートさせました。
 こちら盛岡でもあるかもしれませんけれども、東京では今、10分間1000円でマッサージしてくれるという「てもみん」というサービスが流行っています。そういったところに、よく昼休みに行かれる方が多いわけです。
 そんな中、社内にマッサージ師を置いたところ、社員から非常に評判がいい。もちろん、雇用率もそれなりに上がってくる。こちらでは8名ですが、他の在宅勤務的なもの等々も含めて、現在31名までになっております。
 もちろん、まだ法定雇用率には足りていないわけですけれども、また、今はまだこういう形ですけども、今後もっとチャレンジドの皆さんと一緒に目標なりゴールなりをシェアしていける形で進めてまいりたいと考えています。
 また後ほど順番が回ってきたら、詳しくご紹介をさせていただければと思います。
成毛 はい、ありがとうございます。

教育でも人がつながることが大切

成毛 それでは次に慶応大学の金子先生、自己紹介よろしくお願いいたします。
金子 はい、成毛さん、阿多さんと続きまして、今度は次期マイクロソフト社長予定者として(笑)、これは本当に冗談でございます。
 私はアメリカで10年間、日本で10何年間、大学で教えてまいりました。この3年間は、縁がありまして慶応の小学校の校長も兼任しております。その中で、「やはり人というのは、いつまでも学ぶものだな」という思いを強くしております。
 一つ、ちょっと最近あったことをお話しします。私はたいへん目が悪くて、コンタクトがないとほとんど何も見えない。かなり近づけないと見えないんです。そのことを、ちょっと朝礼で話しました。「小学校からメガネをかけていて、ケンカをするとメガネを取られちゃうので、すぐ負けちゃう。だから、いつも逃げ回っていたんです」と。「でも、結構目が悪いと面白いこともあるよ」と。
 そういう話をしたら、その日すぐに、ある2年生の子どものお母さんからメールが来ました。その子は、実は2年生になって黒板が見えなくなってメガネを作ったんですけど、やっぱり「学校にしていくと、からかわれるんじゃないか」ということで、嫌がっていたそうです。その子が、「でも、金子先生も目が悪いんだったら、ぼくもメガネをして行くよ」と言って、喜んでいたと言うんです。
 実際、次の日にその子に会ったらニコニコして、「こんにちはー」と言ってくれたんですね。その時、「目が悪くて良かったなぁー」と(笑)、本当に思いました。
 要するに、人は一方的に「こうだ」って何か言ったりしたときではなくて、それに対して何かが返ってきたときに初めて、学んだり、「良かったなぁ」と感じたりするのではないかと思います。
そういう意味で、人は一生学んでいくものではないかと思います。そして今後、そのためにITが大きなキーになってくると思います。
 それは、チャレンジドの人は移動するのが大変だから、eラーニングで教育をというだけではなくて、日本の社会や経済にもたいへん大きな影響を持っています。
 今、日本では「eジャパン」と言う計画が立てられ、いろいろなところでコンピュータを使って効率化しようという取り組みが行われています。しかし、たとえば、「eガバメント」化が推進されて3万3000の自治体が全部コンピュータを使うとなると、それだけの技術者が必要です。4万5000の学校に全部コンピュータを入れるとなると、やはりそれだけの技術者が必要です。それだけの技術者がどこにいるのかという問題になるわけです。
 コンピュータの管理などの技術でしたら、きちんと学べば、どなたでも、どこでもできるわけですから、いつでもどこでも誰でも学べる、在宅でもチャレンジドの方でも学べるという機会を作っていくことが大事だと思います。
 そもそもネットワークの本質というのは、「つなぐ」ということです。人と人とをつなぐということじゃないかと思います。
 教育で一番大事なのは、私がいることによって他の人の役に立つということ、自分のいろんな経験や考え方が誰かの役に立つということ。だから、身近な人だけでなくて、世界中のどこにいる人ともつながるということが、たいへん大事ではないかと思います。
 自分が他の人の役に立つということを学ぶこと。これは、いつも大人が教えるというだけでなくて、子どもから学ぶということも含めて大事かなと思っています。
 ひとつ、そのことで紹介したいことがあります。私はVCOMというプロジェクトをやっております。これ(会場画面)は、そのプロジェクトのウェブサイトの「ジョブマッチング情報広場」というページです。
パネリストの写真 ここは、利用者の方が自由に自分の情報を登録できます。チャレンジドの人も、どういう障害があって、どういう仕事ならできるということを登録していただくと、企業からコンタクトがあるかも知れません。後はメールでやり取りして、マッチングをしていただきます。われわれは仲介はしておりませんけれども、これでたまに実際に職を得たということが報告されて、たいへん嬉しい思いをしています。
 この仕組みは、たいへん安くできます。インターネット上ですから、ハローワークを全国に作るようなことなしに、全国の人と人をつなぐことができるわけです。そして、多少の役に立っているかなと思います。
 いま、3000人から4000人の人に登録していただいています。われわれとしては、実際にここで職が決まったのでなくても、今コンピュータを勉強しているチャレンジドの人たちから、これを見て、こんな機会もあるんだなと思ったといったメールをいただくと、嬉しいなと思います。
 このように、教育の一番本質的なところも、人々をつないでいくところにあるのではないかなと思っています。また次の順番が回ってきましたら、もう少し日本の教育システムについて話をさせていただきたいなと思います。
成毛 はい、ありがとうございます。

プロップ・ステーション、インターネット導入の経緯

成毛 それでは中野先生、よろしくお願いいたします。
中野宣誓の写真中野 大阪市立大学の中野です。今日は非常に異常に緊張しております。両脇すべてが全国版の方々で、私が唯一関西版なものですから。まあ、ナミねぇも関西版ですが(笑)。今日はなぜ私がここにいるかという話を前半にさせていただいて、後半はITの話になりますので、皆さんと一緒にお話をしたいなと思っています。
 実は、私とナミねぇが初めて会ったのは、1993年ぐらいです。プロップ・ステーションがパソコン通信をやっていた時代です。当時、私はインターネットをやっておりました。インターネットとパソコン通信は、あまり相容れないところがあったんですが、オフラインミーティングをする機会、つまり、いわゆるネットワーク上のお付き合いだけではなくて、顔と顔を合わせてお話ししましょうという機会がありました。そのとき、たまたま和歌山でナミねぇと一緒になったんです。
 その時、帰りの電車の中で、ナミねぇは一生懸命「パソコン通信はいいぞ」ということをおっしゃっていたんです。でも、私はインターネットをやっておりましたので、「いや、そんなことはないよ」と説明しました。
 パソコン通信は、たくさんのネットがあって、それぞれ、そのネットの中の人たちでしか情報共有ができない。情報発信も同じ。インターネットはそうではなくて、世界中が一つにつながっている。だから、たとえばナミねぇが考えている障害者が仕事をするための機器などについても、世界中にいっぱいあることがわかる。だから、「インターネットをやったらどう? 」そういう話をしたのが、ナミねぇと私の出会いです。その後、「prop」というドメイン名を取りました。インターネットのことは当時まだ、あまり知られていなかったので、ナミねぇからも「ドメイン名ってなんやねん?」と言われましたけど、「とにかく取っといたらええやないか」ということで、「prop.or.jp」という名前を取ったんです。
 今日、収録のためにNHKさんが会場に入っていますけど、実はNHKさんのドメイン名も「nhk.or.jp」です。NHKさんもプロップさんも、ネット上では同じ「or」の世界にあるというのは、インターネットの面白いところです。
 このセッションに参加するために、少し歴史を紐解こうと思って古いメールをさんざん探して、やっと見つけたんですが、われわれは最初、「プロップネット」というパソコン通信ネットとインターネットをつないだことがあります。
 当時は、パソコン通信の大手だったニフティとインターネットが相互に接続したという時代でした。われわれは関西の若い技術者を集めまして、これはもう、ナミねぇが一生懸命酒を飲まして、おだてておだててだと思うんですけど(笑)、ソフトウェアを作りました。それで、ニフティとインターネットをつないだのと同じような仕組みで、「プロップネット」とインターネットをつないだんです。
 いつごろかというと、「あ、今日は繋がった」「非常に嬉しい」という1995年の8月15日のメールが私の手元で見つかりまして、それとわかった次第です。
 さて、私は実は他にもボランティアをやっています。その一つがソフトウェア技術者協会ですが、そういうところでもプロップさんとお付き合いをさせてもらいました。思い起こすと、このソフトウェア技術者協会の関西支部で「チャレンジド分科会」というのを作っています。これは何年? 95年ぐらいかなぁ‥‥。
竹中 そうですね。
中野 まだ「チャレンジド」という呼び方が知られていないころで、ナミねぇに「それは何やねん?」と聞きましたが、ナミねぇは「ぜひこの名前を使いたい」と言っておられました。そんなエピソードもあります。
 あと、ITの話もするんですけれども、長くなると困りますので、この辺で私の話は一旦切りたいと思います。
成毛 ありがとうございます。

クリエーターとチャレンジドは似ていた

成毛 それでは手嶋さん、よろしくお願いいたします。
手島さんの写真手嶋 こんにちは。ティーアンドティーという、喫茶店をやっているわけではありません(笑)、コンサルティングの会社をやっています。手嶋です。もともと、ぼくはコンピュータのソフトウェアの会社をやっていました。成毛さんがマイクロソフトを辞められた半年後に、ぼくも前の会社を辞めて、自分でまた新しい会社を始めました。
 ぼくが始めた最初のソフトウェアの会社は、アルダスという、今はアドビという名前になっている会社です。皆さんのお手元にあるような印刷物は、今ほとんどコンピュータで作られています。「イラストレーター」とか「フォトショップ」というデスクトップパブリッシング用のソフトウェアがあるんです。これを日本に一番最初に持ってきました。わずか10年前のことです。
 それから、94年にマクロメディアという会社を作りました。皆さんがインターネットをご覧になる時に、アニメーションが動きますね。それを作るための「フラッシュアニメーション」というツールがありまして、おそらく8割ぐらいはそのツールで作られているんですが、そういうツールを作る会社をやっていました。
 このフォーラムについては、第1回からサポートさせていただいているのではないかと思います。コンピュータのクリエイティブツールを作っている会社がなぜ、こういう活動に参加したかと言いますと──。
 自分の会社のソフトウェアを使っている人たちが、50万人ぐらいいました。それで、「ユーザーを大事にしないといけない」ということで会いますと、髪が黄色いとか、尖っているとか、耳にいろんな物が付いてるとか、いろんな人がいるんですね。しかも、話せば話すほど、一般の生活には馴染まない人たちなんです。うちのお客さんは一般の人ではなかったんですね、既にその時から。普通の人の生活と何が違うかというと、まず時間感覚が違うんですね。昼から夜中まで働いてしまうとか、朝から働いても力が出ないとか。一般的な仕事の感覚で言うと、もうそれ自体、障害に近いように感じられる。
 そんな時に竹中さんとお会いして、プロップのチャレンジドの人たちの活動についてお話を聞いて、「あっ、うちのお客さんと一緒だ」と思ったんです。
 そこで、われわれは何をやったかというと、われわれの作っているツールを提供しました。ただ提供しただけでは使いにくい、非常に難しいソフトウェアなので、うちの社員が年に3回ぐらい、神戸や大阪に行ってトレーニングをしました。
 その結果が、たとえば今日一番最初にこの会場の画面で映された作品、マウスに翼が生えて飛んでいくという、あの作品です。あれはマクロメディアの、おそらく「ディレクター」というソフトウェアで作られていると思います。ああいう作品を障害を持った皆さんが作って、2年前にはそれがCD-ROMとして発売されました。去年は、絵本作家を目指していたイラストレーターの久保利恵さんという方が、もうちゃんとした絵本を出版するところまできました。
 われわれの会社は、いわゆる“ちゃんとした会社”に勤められない人たちがマーケットでした。SOHO、在宅勤務‥‥。成毛さんも“在宅勤務”をしていらっしゃるようですが(笑)、在宅でないと仕事ができないわけではなく、在宅でも仕事ができるという人たちがお客さんでした。ですから、チャレンジドの方々へのサポートも非常にスムーズに行きました。それで、今申し上げましたようなことを具現化することができました。
 そこで何を感じたかというと、クリエイティビティというのは頭の中にあるもんですから、後はテクニックの問題だったわけですね。それが、チャレンジドの方は手が不自由だとか何が不自由だとかいう制約があって、持てなかったんです。ところが、コンピュータという道具が世の中に出てきたおかげで、自分の頭に描かれたイメージを現実として表現できるようになったわけですね。
 われわれはそのツールを、実際にプロップのチャレンジドの方々に手に入れてもらったわけです。そうすると、あんな事ができてしまうんです。
 残念ながら、あの翼が生えたマウスの作品を作られた吉田幾俊君は、今日会場に来ていないと思うんですが、皆さん、会ったらビックリします。もう異常なお調子者で、しょうがない奴なんです(笑)。でも、彼の持っているクリエイティビティは、他の誰よりも素晴らしいものがたくさんあります。
 そういうものに接しながら、ここ数年ぼくが感じているのは、「チャレンジドと言っても、ぼくたちのほうが挑戦をしていかないといけないことが多いな」ということ。「彼らから学ぶことが最近多くなってきたな」と思ってます。その辺のことは、後でお時間をいただいたときに、またお話しさせていただきたいと思います。
成毛 ありがとうございます。

チャレンジドを「差別しない」から「戦略的に活かす」へ

成毛 それでは西嶋さん、お願いいたします。
西島さんの写真西嶋 西嶋でございます。ここには「日本経団連障害者雇用アドバイザー」という肩書きが書かれてますが、普段はIBMというコンピュータ会社のアジア・パシフィック地域の人事の仕事をしています。
 「日本経団連障害者雇用アドバイザー」という肩書きを持っていますのは、ちょうど3年前まで当時の日経連に出向しておりました経緯から来ています。日本IBMの人事から日経連に5年間ほど出向しておりまして、その間、障害者の雇用の問題に取り組みました。
 障害者の雇用については、企業もいろいろと悩み、問題を抱えているので、その問題解決をするために、「日経連の中に障害者雇用相談室を設けて企業をサポートしていきましょう」という提案をさせていただきました。すると、「それは経営側にも役に立つことだから」という理解が得られ、そういう相談室を作ることができました。
 それ以来、「障害者雇用アドバイザー」という肩書きで、IBMに戻った後も、障害者雇用で悩まれている企業の問題解決のお手伝いをしています。
 本来の仕事、今IBMに戻ってやっている仕事について、少しお話しさせていただきます。「ワークホースダイバーシティ」という耳慣れない肩書きが書かれておりますが、実は先ほどの清原先生のお話の中にもあった「多様な働き方」と関係する仕事です。
 今後は多様なニーズに応えることがマーケットの戦略になっていくので、多様性というものを企業戦略として捉えていこう。そして、多様な人材を組織の中で活用していこう、多様な働き方を提案していこう。そういう、これまでとちょっと違った視点で企業戦略を立て、それを人事政策に活かしていくというような仕事をしています。
 日本の企業では「ダイバーシティ」という言葉にまだ馴染みがないので、いったい何だろうと思われている方が多いかと思います。以前は、障害を持った方や女性について、「差別しませんよ」「機会を与えますよ」「イコーロポジニティー=機会均等ですよ」と謳っていました。「ダイバーシティ」というのは、それをさらに進めた「会社の戦略として多様性を活かしていきましょう」という考え方です。「戦略として多様性に対応する働く場を提供していかなければ、会社が力を失っていきますよ」という問題意識を全面に出して、動きを始めています。それには、もちろん「ITを使って」という条件も入っています。
 マーケット戦略・経営戦略として多様性に対応するには、私たち働き手の多様性や働き方の多様性を拡げる必要があります。障害を持った方だけではなくて、いろんなニーズを持った人たちが気持ちよく働ける職場。そのためには、会社の中だけではなくて、在宅勤務など、いろいろな働き方が提供されていいはずです。
 そうしたことを考え、一人ひとりの能力をうまく活かせるように人事の仕組みを変えていくという仕事をしています。これは、日本IBMだけではなく、IBM本社のほうに近い仕事です。IBM本社での障害者雇用の取り組みは新たなステージで始まっていますので、また後でその辺のこともお話しできたらと考えています。
成毛 ありがとうございます。

「情報弱者の危機」か「チャレンジドのチャンス」か

成毛 それでは安延さん、よろしくお願いします。
安延さんの写真安延 スタンフォード日本センターの安延と申します。「やりにくいなぁ」と思っています。と言いますのは、こんなに真面目に司会をする成毛さんは見たことがないですし(笑)、「俺は壇上に上がるとき、こけるぞ」と言っていた手嶋さんは真面目にしゃべるし(笑)、下の方には「笑いは絶対取れ」と言っている人がいて、「これは大変だなぁ、何をしゃべろうか」と思っているわけです。
 私は、このフォーラムには3回目か4回目から参加をさせていただいています。その当時はまだ、通産省の情報処理振興課というソフトウェアを担当している課の課長をしていました。プロップと関わることになったきっかけはと言うと、私の部下の課長補佐です。彼がときどきいなくなって、口を開くと「プロップ」だとか「チャレンジド」だとか言うようになったわけです。執拗にそれを繰り返しますし、何ごとかうなるようにもなった。「これはワケのわけらん宗教にでもハマっているのではないか」と(笑)、心配になりまして、プロップがある神戸まで出向いて、CJFに参加をしたわけです
 当時、プロップを紹介するビデオも撮影されていて、そのイントロのところにスキャットが入るんですけども、実は私の部下がうなっていたのは、そのスキャット。彼がそのスキャットを歌っていたというオチだったんですね(笑)。
 プロップを初めて訪ねたとき、「目から鱗が落ちた」というのが、私の率直な感想でした。役人をやっていますと、「もっと頂戴」と言われることが多いわけです。決して岩手県と道路の話をしているわけではございません(笑)。ところが、ナミねぇは「チャレンジドを納税者に」と言うわけです。そのナミねぇのお話に非常に感銘を受けました。
 実は、その翌年が、たまたま沖縄サミットでした。沖縄サミットではITが非常に大きなテーマになりまして、私も多少お手伝いをしたわけですけれども、その時の最初のキーワードは、実は「デジタルデバイド」でした。要するに、「情報弱者がいる。その人たちが情報化時代に遅れないようにするにはどうしたらいいか」ということが、沖縄サミットのテーマだったわけです。その前の年にナミねぇに会っていた私からすると、このテーマには極めて違和感がありました。
 ITというのは、確かに、やろうという気がない人にとっては、こんな鬱陶しいものはないわけです。別にマイクロソフトの悪口を言うわけではないですけども、「不正な処理が行われました」とか(笑)、「エラーを送信していいですか」とか(笑)、すぐにそういうのが出てきて非常に鬱陶しいんです。ただ、他方、やる気のある人にとっては、社会のいろんな活動に参加をしよう、あるいは働こうと思った時に、こんなにパワフルなツールはない。
 だから、デバイドというのは、おかしいと、私はギャーギャーわめきました。そうしたら、いつの間にか、沖縄サミットのキーワードが「デジタル・オポチュニティー」に変わりました。それを見届けてというわけではないんですけども、その後、私は役所を辞めまして、今はアメリカの大学の日本の研究センターの所長と、自分の会社とをやってます。そのあたりは、この後もう一回順番が回ってきたらお話をします。 
 私が初めてCJFに参加をさせていただいたときは、たぶん、今日の会場の真ん中の二つの列よりも、もっと少ないぐらいの参加者の方しかおられませんでした。今、これだけの方が参加をされるようになったのは、いよいよ、このCJFを中心にしたチャレンジドを巡る動きが、日本全体の枠組みを変えるくらいの力を集められるようになってきたことを示しているのだと思います。これは冗談抜きで、真面目に言っています。したがって、元役所にいた人間としては、そういう面で何とかお手伝いをしたいと思っています。
 ただ、プロップの唯一最大の欠点は、私も、私の部下もそうですけど、非常に熱心に応援していると、その人はいつの間にか役所を辞めているという点にありまして(笑)。ですから、今後の私の仕事は、会場のあのあたりに財務省のお偉いさんなどがおられますけれども、彼らをいかに辞めないように役所の中に止めておくか(笑)。これが、私の最大のこれからの仕事であろうと思っております。
成毛 ありがとうございます。

マイナスはプラスの種になる

成毛 それでは最後に、竹中さんどうぞ。
竹中 「最後に」って、成毛さん、ご自分はお話しないんですか?
成毛 では、私は最後の最後に。
竹中 最後の最後にね(笑)。
 さて、皆さん、やっと本調子が出てきましたね。嬉しいですね。これだけの錚々たる皆さんが集まる会は滅多にないだろうと思いますが、もう一つ「ないなぁ」と思うのは、全員がボランティアでここに登っているということですね。「本職どうしてるんや? 大丈夫か、あんたら?」みたいな(笑)、そんな感じがします。これは相当の熱い思いと、軽い気持ちがないと‥‥。
会場 軽い尻。
ナミねぇの写真竹中 軽いお尻ね(笑)。「熱い思いと軽い尻」。ありがとうございます(笑)。それがないとできないだろうなぁと思います。
 それでは、なぜこういう会が始まったか。私がCJFを始めたかきっかけは、私の娘なんです。『チャレンジド』という写真集が出まして、ぜひ皆さん、外で手に取って見ていただきたいんですが、その表紙に私の娘が、どアップで写っております。30歳になる「麻紀」という娘です。
 彼女は30年前に重症心身障害を持って生まれて、目はほとんど見えない。音は聞こえているけど意味がわからない。まったく喋れない。全面介護。しかも、皮膚の接触の障害もあって、抱っこもさせない。抱っこすると母ちゃんをゴミと一緒みたいに扱うという状態で生まれてきて、「うわぁー、人間って何ていろんな人がいてるんやろう」と思いました。
 でも、自分は彼女の母ちゃんですから、やっぱり彼女が世の中に存在していることの意義は、絶対欲しいわけですよね。「彼女は存在していていい人なんよ」ということを、何とか証明したい。そういうことで出発したんです。
 人間が開き直ってしまうと、どんなお金持ちの人も、どんな肩書きの人も、みんな唯の人間としてしか見えなくなってしまいます。同一の「人」ということしか見えなくなってしまうんですね。だから、怖いもの知らずで、いろんなところに飛び込んで、いろんな方に私の考えをお話しました。
 私は彼女がこの世に存在することの意義を探しながら育てています。他のたくさんの人の中にもきっとその意義が眠っていると思うので、一緒に話し合いをしましょうよと。
 それで、最初はほんの20〜30人で始めたのが、第8回にはこんなに盛大な会になりました。ですけど、ここに登ってくださっている皆さんは、懲りずにと言いますか、飽きずにと言いますか、真面目にかつ時々ギャグを振ったりしながら、ずっとお付き合いをくださっています。今日も、この会場にいる皆さんとどれだけのコラボレーションができるか、楽しみにしています。
 人間、マイナスは決してマイナスではなくて、実はプラスの種になる。そのことを私は毎回毎回言っていますけど、私自身がまさにそれを具現化しています。「なんも怖いモンないで」という気持ちになれることを、ぜひ皆さんにも、この2日間で知っていただきたいなと思います。
 自分には弱点があるとか、欠点があるとか、障害が重いなとか、「うーん、困ったな」といった問題が、明日のご自分自身を向上させ、また、社会全体を変えていく種になりますので、ぜひこの2日間、そういうふうに頑張ってみたいと思います。自己紹介に変えます。
成毛 ありがとうございます。

CJFで出会った全盲の青年がマイクロソフトを変えた

成毛 では、コーディネータの私も、若干自己紹介をさせていただきます。プロップ・ステーションとは、第3回のCJFからのお付き合いになります。手嶋さんに声を掛けられて、「パネリストとして出たらどうだ」と言われて出てましたら、そこにおられました全盲の青年から大変なクレームをいただきました。「日本語版のマイクロソフトのウィンドウズでは、音声ソフトで文章を読み上げることができない。音声ソフトが動かない。何事だ!」と怒られました。
成毛さんの写真 それで腹立ち紛れにずっと付き合っているというわけではありません。結局、その青年・細田くんには、マイクロソフトに入社していただきました。ある意味では、製品を使っていただいていて、とても詳しい。なぜ音声ソフトが動かないかというところまで調べている。そういう彼に入社をしていただいて、それ以降、製品的に一歩前進をしたという経緯があります。
 その彼が、全社員1000名ぐらいの社員総会だったでしょうか、面白いことを言いました。「私は全盲のプロだ」と。「あなた方はコンピュータのプロだろうけれども、私に全盲用のプログラムを書かせたら、間違いなく私の勝ちだ」と。
 確かに勝ちで、彼は盲人用だけではなく、いろいろなチャレンジドをサポートするためのツールを作るようになった。しかも、日本語版だけではなくて全世界版のウィンドウズで使われるものまで作るようになっという後日談があります。
 先ほど手嶋さんのほうから「成毛さんは在宅勤務をしているんじゃないか」というお話がありましたが、実は最近、ネットワークゲームにハマっておりまして、1日に下手をすると6時間ぐらいやっております。それで会社に行かないので、「在宅勤務」と言われているんです(笑)。
 実は、昨日も夜中の2時ぐらいまでネットワークゲームをやっておりました。一緒にやっている人は、ネットワークの向こうにいる本物の人間たちです。その人たち5人とか6人と一緒にチームを作って、ゲームの中にいるモンスターを倒すわけです。
 ネットワークゲームでは、あまり一緒にやっている人に「あなた、誰?」なんてことは聞きませんけれども、どうも一人は中学生でした。彼はさすがにやりすぎだということで、12時ぐらいに寝ました。あとは高校生、大学生、そして今47歳の私で、夜中の2時までやりました。
 私は20年もコンピュータの仕事をしておりますけども、昨夜ゲームを終わった時、「15歳から47歳までが一つの同じゲームに熱中できるというのは、すごいなぁ」と思いました。つながることの喜びというか面白さというものを感じました。ただ、47歳になってゲームをやっているのは、どうかとは、実際のところ思いましたけど(笑)。

いつでも、誰でも、どこでも学べる教育環境の到来

成毛 さて、その「つながる」というところで先ほど、金子先生からお話がありました。今日のテーマは「学ぶこと、働くこと」ですけれども、ITを使ってどういったことが学べるのか、またどういう展開があるのかというところを、金子先生にもう少し詳しくお話をいただきたいと思います。
金子さんの写真金子 はい。教育で一番大事なことは、つながることであって、「私がいる」「いてもいい」「いることで誰かの役に立つ」ということが感じられることなんですけども、現在の学校教育を考えると、ちょうどその逆の事をやっているのではないかと感じることが時々あります。今日は少し堅くなっちゃうんですけど、教育の現状から入って、最後にそういう話をしてみたいと思います。
 まず、「学校教育が変わる」と言われていますけど、三つぐらい理由あると思います。一つは、やはり今の学校教育、教育システムにたいへん不満が多いということですね。東京都の調査ですと、半分以上の人が不満だという結果が出ています。たぶんもっと多いのではないかと思います。
 二つ目は、世界的な流れなんですけども、「教育というものは、文部科学省などの行政だけがやるものではない。いろんな人が参加して教育をするほうがいい」という流れです。これは規制緩和の流れでもあります。規制が緩和されると、市場が生まれます。たとえば、介護保険が2年前にできて、何兆円もの市場ができて、そこに地元のいろいろなNPO、ボランティア団体と、事業をやるところがたくさん出てきました。そういう効果も今、期待されています。
 三つ目は、もちろん、今日の話題であるインターネットです。インターネットは単に便利なツールであるだけではなくて、物事のやり方を根本的に変えてしまいます。教育の現場でも、教育システムでも、そういう変化が起こって欲しいと思ってます。
 実は今、大学はたいへんに変わりつつあります。国公立大学が「独立行政法人」と言いまして、いわば“NPOの親玉”みたいなものになります。働いている人も、公務員ではなくなります。「私立大学と同じように競争しろ」という方針が出ています。
 それから、今まで、大学を作ったり学部を作ったりするには、文部科学省によるたいへんな審査があったんですけど、一度できてしまうと、「後はもうほとんど知らないよ」という感じでした。これからは、作りたい人は最低限度の基準を満たせば作れるようになります。「設置基準」といいますけど、これを緩和します。その代わり、何年かごとに、本当にいい教育をしているのかどうかを、ちゃんと審査するようになります。その審査をするのは、国ではなくて、「NPOを含めていろんな人がやりましょう」という方針が、まだ完全に決まっておりませんけども、出されようとしています。
 そうでなくても、大学はたいへんな競争な時代になっています。たとえば、アメリカの有名な大学、スタンフォードとかカーネギーメロンなどが、ネットでMBA(経営学修士)の講座を開く。eラーニングでディグリー(学位)が取れる。そうなった時、たとえば慶応大学に行って学位を取るのと、どっちがいいか。私は慶応の人間ですけど、「これは危ないな」と思います。
 eラーニングと言いますと、私も阿多さんのところなどにもサポートしていただいてeラーニング支援のNPOをやっていますけど、大学も、たとえば単位の半分まではeラーニングで取っていいことになりました。通信学部だと、全部ネットで取ってもいいというところまできています。日本でも、そういう学部が増えています。もう少し広く言うと、今まで大学はなんか偉そうに「教えてやる」という感じで納まっていたんですけども、「本当に社会のニーズを見て、いろんな学生により良いサービスを提供にしていますか」と問われるところに来ていると思います。
 それから、「もっと地域に対して貢献をしなさい」ということで、その一貫として、誰でも何時でも学べるようなプログラムを考えるようになっていますが、その時に、ITがたいへん有効な手段になっています。
 他の学校に目を向けると、たとえば定時制とか単位制の高校が全国各地にありますけども、ここもeラーニングを始めたりしています。小学校、中学校も、ペースは遅いんですけれども、だいぶ多様化をしています。私立学校は、だいぶ作りやすくなりつつあります。
 それと、国がいつでも何にでも口を出すのではなくて、自治体が、たとえば岩手県が、盛岡市が、自分たちで判断できるように、少しずつですけど、なってきました。民間の校長を連れてくるとか、少人数にするということが、だんだんとわれわれに近い自治体でできるようになってきました。
 「コミュニティースクール」の考え方も広がっています。市町村で「この人に校長をしてもらいたい」っていう人に校長になってもらって、「こんな人に教えてもらいたい」っていう人に先生になってもらう。そういう新しい公立学校の仕組みを作ろうということで、今、モデル校がいろいろなところで出てきています。たとえば、盛岡市で「チャレンジドに相応しいような学校をみんなで創りたい」と皆さんが思ったら、そういうことは可能になるかもしれません。
 簡単にいいますと、国や文部科学省が「あーしろ、こーしろ」と指示するのではなくて、われわれが必要とする教育を、ないしは学習する機会を、皆で作りましょうという動きが、少しずつですけど起こってきた。その中では、チャレンジド もそこで学べるようにという考えも、当然入ってくるわけです。
 また、アメリカでは、学校に行かず、家でネットなどを使って高校まで卒業できるという「ホームスクーリング」を、だいたい全体の5パーセントぐらいの人が活用しています。しかも、日本で言うセンター試験の結果は、一般の高校生・卒業生よりもホームスクーリングで学んだ生徒のほう高いんです。それで、「いい成績を取りたかったら学校に行くな」みたいな動きが起こってしまったりしています。日本では高校ぐらいのレベルでeーラーニングが始まっていますけど、まだ正式には認められていないという状況です。しかし、こういう可能性も、だんだんと広がってきているわけです。
 最後になりますけども、ITには、今までやってきたことをより速くできるようにする、効率化するという可能性もあります。しかし、ITの一番大事な点は、これまでの組織とかシステム、やり方そのものを変えていくということではないかと思います。
 基本的に、これまでは教育や学校のことは上が決めて、「障害のある人はこっちで勉強しなさい」とか言っていたわけですけど、だんだんと世の中の流れとして、そうではなくなってきた。ITの発展も一つの大きな要素になって、いつでも、どこでも、誰でも学べる環境が求められるようになりました。
 税金はいいサービスを提供しているところに使うし、いいサービスを提供するNPOが出てくれば、そこに寄付もしていこう。そういう社会が、少しずつできてきているのかなと思います。
 プロップ・ステーションは、実は数年前からほとんど学校のようなことをやっているわけですね。誰か偉そうな先生が教えるというよりも、チャレンジド自身が教えるといった実践が、もう行われているわけです。
 チャレンジドも含めたいろいろな人に学習の機会が与えられ、それによって、今日初めに言ったように、「自分は役に立つんだな」「あの人がいて良かったな」「こんな人もいるんだな」ということをお互いに学べる。それが豊かな社会を作る第一歩じゃないかと思います。教育のシステムにも、今、そういう流れが少し出てきているんだということを紹介させていただきました。

多様性を戦略化できない企業は負ける

成毛 先ほど、西嶋さんから「多様性」についてのお話がありましたが、金子先生のプレゼンテーションの中にも、実は「多様性」に関する話がいっぱい出て来ました。
 多様性といえば、まぁ、このパネラーの服の多様性のすごさ。とりわけ、金子先生については、「小学校の校長先生が髪の毛に金のメッシュを入れていいのか。校則はどうなってるんだろう」と謎を感じながら伺っておりましたけども(笑)。
 その多様性について、もう少し西嶋さんのほうから伺いたいと思います。競争と多様性をどう考えるか。競争社会になれば、やはり弱者が出てくるのではないか。そのことと、多様性が必要になることは、なんか非常に矛盾しているような感じも受けるんですが。
パネリストの写真西嶋 はい。人事からすると、「ウチの会社はこういう人を求めています」という一つの型にはまる人よりも、いろいろな能力を持った人に来て欲しいんです。
 ある能力に長けた人がいるとします。でも、その人は、今のうちの会社の働き方では、来てもらえないとします。その時、会社にとって何が大事かというと、その能力を発揮して会社に貢献してもらうこと。それが一番重要なわけですよね。
だったら、そこに着目して働き方の枠をもう少し緩くしていけば、その人の能力を使えるわけですよね。そうすることによって、今まで眠っていた人材を有効活用できる。それが人事としての人材の多様性に着目した考え方です。
 これは障害を持った方に対しても言えますし、女性の場合もそうです。たとえば、ある女性が「育児の期間、どうしてもこの時間は子どものために拘束される」という時、では、それ以外の時間で働いてもらうには、どうしたらいいかを考える。
 せっかく会社の中で育ってきた人が、働き方が合わなくて辞めてしまうというのは、会社にとってものすごい損失なんですよ。社会にとっても絶対損失なはずなんです。
 そうならないように多様な人材の働き方の多様性を考えるのが、人事が進める多様性の戦略の一つです。
 それから、もう一つの多様性の戦略として、マーケット戦略があると先ほど言いました。これは、ここにお並びの経営のトップの方たちには言うまでもないことですけど、もう物を作ればいい、サービスも一律のものを提供すればいいという時代ではなくなっていますよね。それぞれのニーズに応える形で製品も作らなければいけないし、サービスも提供していかなければいけない。そうしないと、買ってくれませんよね。
 だったら、そのニーズを掴むためには、そのニーズを持っている人たちが製品を開発したほうがいい。先ほど成毛さんから全盲の方のお話がありましたけど、ニーズを持つ方が問題提起をして、それに見合う製品を開発したり、サービスを提供したりするほうがいい。働き手の多様性を認めていかないと、売れる製品、売れるサービスが作れない。
 もう一つ言うと、そういう形で多様な人たちに着目していると、多様なお客様がこっちを向いてくれるということがあります。日本の社会では、女性や障害者の方たちにも目を向けるということが中心ですけど、アメリカの社会では、たとえばゲイやレズビアンの方なども、多様性を考える上での対象になっています。そういう方たちに対してもきちんと配慮している会社というのは、「自分たちに好意的な対応をしてくれる会社の製品を選ぼうよね」っていうマーケットの対象にもなっていくわけです。
 「この枠内で」と決めてしまったほうが人事管理はしやすいです。でも、社会がこれだけ多様化している中で、狭い枠にこだわっていったら、会社としての戦略としては負ける。これからは、そうなると思いませんか?
成毛 そうですよね。ぼくもそう思います。

このままでは高齢化ニッポンを支えられない

成毛 多様性の話題にばかりにこだわるわけではないんですけど、ちょうど安延さんの顔が目に浮かんだので、もう少し。
 官公庁も一枚岩というわけではなくて、最近は変な官僚がどんどん出てきて、辞めていますね(笑)。非常に多様化しているような感じを受けます。
 実は、CJFでは非常に多様なセッションを持っていて、これまでは役人だけのセッションとか、知事さんだけのセッションとか、経営者だけのセッションが、けっこうあったんです。ところが、最近役人だけのセクションがなくなりました。出ていた人が役所を辞めてしまって、民間になっちゃったんですね。
 そこで、制度的な意味で「多様性」をどう考えていったらいいかということを、安延さんに聞いてみたいと思います。つまり、もう一回役人の立場に戻って、過去の悪事をすべて懺悔していただきたい(笑)、というのが、この質問の意図になります。
安延 先ほど清原先生も引用されましたけど、今、身障者の公的な統計数字が2001年で325万人になっています。実は、同じ統計で10年前の数字を見ますと、272万人です。ということは、この10年間で50万人増えてます。20パーセント増です。
 この間、人口はどれだけ増えましたかと言うと、おそらく2〜3パーセントしか増えていません。では、国の障害者の認定基準が大きく変わったのかというと、別に変わっていません。日本の社会は高齢化をしていて、高齢化することによって障害者になる、チャレンジドになる人が増えているわけです。私も最近、身の回りでお父さん、お母さんが要介護状態になったとか、そういう方を何人か見たものですから、「これは他人事ではないなぁ」と思っています。
 実は、日本の高齢化はこれからまだまだ続いて、2025年〜30年頃がピークと言われています。ということは、ここにパネリストとして並んでいる人も、今は髪を薄い茶パツに染めてみたり、金色のメッシュを入れてみたりして、いろいろごまかしていますけれども、日本が高齢化のピークを迎える頃には、みんな年寄りなんですね。
 中でも、成毛さんとか、金子先生とか、私というのは、これはもう非常に高い確率で、とてもわがままなチャレンジドになっている可能性があるわけです(笑)。こういう人たちはわがままですから、いろいろなことをして欲しいわけです。そういうわがままな人がいろいろなことをしていただくためには、やる気がある方にはみんな頑張ってもらわなければいけないわけです。
 別に「われわれを養うために、みんな頑張れ」と言っているわけではないですけど、真面目に言いますと、もうこれは厳然たる数字です。過去10年間でチャレンジドの方が20パーセント増えているということは、恐らく2020年、30年になれば、その数は325万から500万になり1000万になる。その可能性がかなり高いと思うんです。そういう時代になったときに、今までのままのフレームワークでこの人たちを支えることができるのかどうか。
 ナミねぇが最初に会った時に言った話で、ぼくが一番感銘を受けているのは、やはりナミねぇのお嬢さん・麻紀ちゃんの話です。麻紀ちゃん自身は、「働け」と言っても働けない。しかし、今のままの制度で5年、10年、20年、30年行ったら、麻紀ちゃんが今受けてるような支援をするだけの余裕が、国にも自治体にもなくなるかもしれない。
 だとしたら、今のままで座して10年後、20年後を待つのではなく、お年寄りであろうとチャレンジドの方であろうと、やる気のある人には働いてもらわないといけない。たとえば、今まで10円もらっていた人が8円もらえば済むようになり、0だった人は逆に2円税金を納められるようになる。そういう形で、全体が2パーセント上がるだけでも、1億2000万人いるので、非常に大きな金額になります。そうすれば、今325万人のチャレンジドの人が500万人、700万人になっても、働けない人を養うだけの余力ができるわけです。
 今までは、「できる人」「できない人」と分けて、できる人からは財布を逆さにして振ってでもお金いただきます、できない人にはただあげますという仕組みでした。しかし、村田さんがオープニングの挨拶で「やれる事に興味がある」とおっしゃいましたけど、これからは、いかにできる人にやる気を出してもらうか。その仕組みを作っていくのが、行政の一番の課題だろうと思います。
 今までの日本の行政というのは、障害問題に関わらず、どこかで線を引いて、「こっちは皆もらう人、あっちは皆あげる人」というふうにやってきました。しかし、たぶん行政もこれからは、多様性を受容する方向にならないと回らなくなると思います。
成毛 なるほど。また「多様性」というキーワードに戻ってしまいました。

「補助金は要らん。仕事をくれ」

成毛 先ほど手嶋さんは、「時間的に非常に問題のあるお客さんがいっぱいいた」というお話をしておられました。働く環境そのものが非常に、時間的にも多様化しているだろうと思います。手嶋さんからは、「そのチャレンジドから学ぶことがあるんだ」というお話もありましたので、一言いただければと思います。
パネリストの写真手嶋 はい。前回、三重のCJFで、プロップのクリエイティブの仕事をしている「バーチャル工房」のチャレンジド2名とぼくが、竹中さんの司会でセッションを持ちました。2名のチャレンジドというのは、先ほどお話した久保さんと吉田くんです。で、そのセッションで、こういう発言があったんです。
 私たちは年に1回、検査を受けるために1週間病院に入れられる。コンピュータを取り上げられて、ネットワークの環境がないところで1週間暮らさなければならない。その恐怖というのは、ものすごいんだという話をされたのが、すごく印象に残っているんです。
 彼らは何が言いたかったかというと、二つありました。一つは、自分たちは障害を持っているけれど、コンピュータがつながれば誰とでもコミュニケーションができる。つながらない環境にいると、本当に社会から断絶される。これがすごく怖い、というのが一つ。
 二つ目は、自分はコンピュータを使える環境さえあればお金を稼げるので、お母さんに何か食べさせてあげられる。でも、病院はコンピュータを使わせてくれないので、仕事ができない。自分は障害があるので介護が要る。仕事ができないと、自分にお金がかかってしまう。そういう話だったんです。
 そこで思ったのは、社会全体の就労環境についての考え方を変えないといけないということでした。先ほど安延さんがおっしゃったように、高齢化して障害を持つ可能性が多くなったとき、「時間×場所」という掛け算で、何かこれまでと違う環境を提供できるようにすること、そういう社会的基盤が必要だと、すごく思いました。
 もう一つ、いいですか?
成毛 どうぞ。
手嶋 行政の方が障害を持った方へのサポートについてお話しなさるとき、よく補助金を出してサポートするというお話をされます。ところが、バーチャル工房のチャレンジドたちと話すと、「補助は要らん」と言うんです。「何が要るんですか」と聞くと、「仕事くれ」と言うわけです。彼らは仕事をしたいんですね。同じお金だったら、仕事の対価としてくれと言うんです。
 大きな会社に「何パーセント以上雇いなさい」と言う制度はあるかもしれませんけど、それとは別に、「仕事を発注するときに何パーセントかは必ず障害を持った方に出しなさい」という制度も、ちゃんと作るべきではないかなと思います。
 それで、上がってくる物はちゃんとしたものですから、それを支える仕組みを作るのもまた、われわれではないかなと思います。
成毛 なるほど。今、ふと思い出しました。高齢化に従って障害者の数が増えてくるという安延さんのお話がありましたけど、実はそれと同時に、戦後作られた道路や橋などの公共建築物も作られてからかなり経ってきて、これからいろいろと障害が起ころうと予測されます。
 その図面が、各都道府県、各市町村、あるいは各企業の中で、何十万枚、何百万枚、何千万枚と、紙のままあるわけです。これを何とかデジタル化して、将来のメンテナンスに備えていこうという動きがあります。
 そういった仕事に関しては、やはり競争がありますが、中でもキーボードを打つスピードの問題ですとか、いろいろとスピードで競争しなければいけないことがあります。これに関しては、やはりチャレンジドは不利があります。
 しかし、重要な部分の内容に関わる仕事やクリエイティビティに関しては、もはや身体的なハンディはなくなっていくだろうと思います。その時、コンピュータがどう変わっていくかということが、一つの鍵になってくると思います。

新しい可能性、「タブレットPC」

成毛 私は、もうマイクロソフトを辞めまして2年ほどたちましたから、最近どんな物があるのかわかりませんし、実はまだウィンドウズ98を使っています(笑)。阿多さんのほうで最近の製品をお持ちになっているようですから、ちょっと、見せていただきたいと思います。
阿多 はい。まず最初に、画面にありますような、こういう細かいエクセルの表。私どもの仕事ではもう、こういう細かい数字をいっぱい追いかけたりするわけですが、さすがに40歳を過ぎてきますと、だんだん小さい字が読めなくなってくるわけです。
 アクセシビリティの問題は、決して障害のある方だけの問題ではありません。先ほどお話がありましたように、高齢社会になれば加齢で能力が落ちた人が増えます。ウィンドウズでは、そういった層に向けて幾つかの仕掛けが施してあります。ご存知だとは思うんですけれども、念のため、どういう仕掛けがあるのかを、一つだけお見せしたいと思います。
 コントロールパネルを開くと、「ユーザー補助のオプション」というメニューがあります。ここに、細かい文字が見えにくい人のための拡大鏡ですとか、通常のキーボードが打てない人のためのスクリーンキーボードなどの機能を用意しています。
拡大鏡のデモンストレーションをしてみたいと思います。「拡大鏡」を選びますと、画面のある部分が拡大鏡として表示されます。マウスのカーソルが当たっているところが拡大鏡で表示されます。ウィンドウズ2000とウィンドウズXPでは、最初からこの機能が付いています。
会場の写真 今日は、このパソコンをぜひ見てもらいたいなと思って出したのですが、これは普通のノートパソコンではありません。何が違うかと言いますと、まず画面がついている部分が回ります。この部分をタブレットと言って、製品全体としては「タブレットPC」という表現のものになります。タブレットは、縦にも横にも使えます。
 いま、この画面に手書きの文字で書いてあるのは、皆さんのお話を聞きながら書き取ったメモです。私はあんまり字が綺麗ではないんですけど、このペンでこの1時間ほどの間に、だいたい3〜4ページ、皆さんのお話をメモできました。
 こうして書かれたものはすでに電子データですから、このままファックスで送れますし、メールに張り付けてでも送れます。このままセーブもできます。あるいは、このメモを見た人が書き加えることもできます。
 今からメールを作ります。通常のキーボードで打つ方法、ソフトキーボードを起ち上げる方法、手書き入力する方法があります。手書きの入力やってみます。「今日は、盛岡にいます。」 これらの入力方法が使えない場合は、音声で入力する方法もあります。「きょうは てん もりおかにいます まる」 これで出てきます。
 音声入力に関しては、声のトーンなどをうまく学習させることによって精度は上がっていきますけども、100パーセントというわけではありません。また、自分が終始論理的にしゃべれるわけでもないし、助詞が抜けていたり、いろいろあるわけです。だから、完全な文章になるかどうかはわかりません。こういう入力方法も使えるということです。
 手書き入力を続けます。「今日も、ナミねぇは、熱い」と(笑)。で、たとえば、このメールの中に写真を入れることもできます。たとえば、ナミねぇの写真をホームページ上から切ってコピーをして、ここに張り付ける。
 ここまで、キーボードをまったく使わないで、手書きあるいは音声で文字入力しました。ホームページの画像を張り付けもしました。以前、手嶋さんは、いまの「eメール」ではなくて、もっと表現力のある「eレター」をやりたいと言われていましたけど、こういうデバイスを使ってそれができるようになってきました。たぶん、いろいろな使い方が出てくるかと思います。
 障害のある方だけでなく、いろんな使い方ができますし、また障害のある方にとってこれがよりコミュニケーションを豊かにするツールになってくれたらといいと思って、今日、持ってまいりました。以上です。

プロップ、インターネット放送による遠隔教育を準備中

成毛 今、PCのお話がありましたけども、ネットワークに関しては、これからどんなふうになっていくのか。中野先生、そのへんのお話を少し伺いたいと思うんですが。
中野 最初にお話ししたように、プロップ・ステーションのコミュニケーション手段は、パソコン通信から始まっています。ですから、電子メールから始まっています。それにホームページが加わりました。その後、手嶋さんのサポートもあって、いろいろなマルチメディアを作るツールを使っての自己表現が始まりました。
 で、今、プロップ・ステーションが考えておられるのは、遠隔教育です。実は、皆さんが今聞いておられる私の声、見ておられる私の顔などは、世界中に発信されています。この会場にいる人だけではなくて、世界中の人がこの会場の様子を見ようと思えば見られるようになっているんです。インターネット放送です。
 インターネット放送はかなり画像や音声が良くなりましたけど、そろそろテレビ会議も出てきています。そういうものを就労支援に活用しようと、プロップ・ステーションは頑張っておられます。
 何でプロップ・ステーションがこういうところまで頑張って、しかもうまく行っているのか。よく考えてみると、2つの理由かなと思いました。
 一つは、ユーザーの立場からモノを使おうという気持ちが非常に強い。もう一つは、使いこなしたいという気持ちが非常に強い。これは非常に強いパワーかなと思います。
 インターネットの世界は、特に21世紀に入る前後から、テレビ会議やインターネット放送をやろうという動きが非常に強くなってきて、しかも、実際にやれるようになっています。たとえば、マイクロソフトの「メディアプレーヤー」とか、他社の製品ですけども「リアルプレーヤー」とか、そういうものを使うと、非常に簡単にいろいろな放送を視聴できます。あと、マイクロソフトの製品で「ネットミーティング」というものがありますが、これは一対一の通信に関しては、今、非常にパワフルなツールになって、われわれもときどき使う道具になっています。
 実はこういうインターネット放送を、私はすでに十何回ぐらい自分達でやって経験しているんですが、ノウハウがあるんですね。
 たとえば今、私はマイクを使って話をしています。この音声がポチポチっとちぎれると聞きにくくなります。ところが、皆さんはたまたま会場にいらっしゃるから私の顔を見ていますが、インターネット放送で見ておられる方は私の音声しか聞いていない。何を見ているかというと、今スクリーンに映しているスライドです。私の映像がなくても、皆さん、全部理解できます。
パネリストの写真 映像と音声とスライド。大学の授業で使いたいのは何かと言うと、音声とスライド、プレゼンテーションです。映像はちょっとでいい。
 今日はNHKの方が、カメラをたくさん用意されています。たくさんのカメラで撮って伝えるのは、非常に難しい技術です。スイッチャーという方が、映像をコロコロ切り替えておられます。われわれは、そういうものはできないですけど、遠隔教育なら簡単にできるんです。
 それで今、プロップ・ステーションでは、テレビ会議だとかインターネット放送を使って、遠隔教育をやろうとしているんです。あと、ビデオ・オン・デマンドといって、欲しいときにいつでもコンテンツを引っ張り出してきて、勉強できる。そういうような遠隔教育を考えています。
 実は、今プロップ・ステーションが考えておられる遠隔教育は、先ほどの金子先生の話を引き取るようになるんですが、大学でも同じことを考えているんです。少子化の時代ですので、大学は社会人に学びに来て欲しいと考えるようになっています。一度社会に出た人が再び学校に戻って学べる「リカレント」と呼ぶシステムを考えています。それからもう一つは、生涯教育です。
 そういう教育も、プロップがチャレンジドに提供する遠隔教育も、テクニカルなことではまったく一緒なんです。だから、今日ここに引っ張り出されたのは、「中野さん、これからも頑張れよ」というナミねぇの熱い叱咤激励だと思います(笑い)。そういう意味では、今後もお手伝いしていきたいと思います。
成毛 なるほど。今、プロップ・ステーションの取り組みについてお話がありましたけど、ナミねぇ、その通りですか? つまり、プロップ・ステーションは、新しい技術をどんどん取り入れて、教育を進めていくということですか?
竹中 新しい技術を取り入れていくと言うよりも、最新の技術を最重度の人が使わないとダメなんですよ。ある程度できる人は、ある程度の物ですごいことをやってしまうんですけど、自分自身に不自由な部分があればあるほど、技術が高度でないとアカンのですね。
 プロップのように、本当に最重度の方が何かしようと思うときには、当然もう最先端の科学技術を応用して使えるようにしていくのが、最もスムーズにいく方法なんです。逆にいうと、彼らは最重度であるからこそ科学を発達させることができるんです。つまり、科学技術をどう使うかという問題の答えは、彼らの中にあるわけですよ。
もう一つ言うと、私自身はコンピュータは苦手で、ヘタクソなんです。皆さんご存知やろうと思いますけど。12年ぐらい使っていて、いまだに両方の指一本で字を探しながらキーボード打っている。「そんな人は、世界広しといえども私ぐらいかなぁ」と思います。
 その私がいつも言うのは、「私ごときの人間でも『難しくないよ』って言える、そのくらい簡単に使えるようになった時には、コンピュータを誉めたる」と。「でも、まだ誉められるほどにはなってないよ。頑張ってね、阿多ちゃん!」みたいな(笑)。
 でも、そういうことなんですよ。つまり、苦手やとか下手やとか、よう使わんとか言う人がまだたくさんおるからこそ、逆に、その人たちが使ってみたいと思ったときのユーザーパワーはすごいですよね。
 これからは、先ほどの高齢化の話で、使いにくいという人が間違いなく増えてきます。この先10年ぐらいで、もうユーザーの様相が完全に変わっちゃうということですよね。「その時に、どこが生き残るんやろう」と、ユーザーとしては考えてしまいますよね。非常に不遜なことを申し上げますが。
 それと、プロップのチャレンジドは、やはり外出困難な方が非常に多いです。その方たちが、遠隔で働く以前の、そうやって働けるようになるための技術の習得や、もっと前のITの“あいうえお”みたいな基礎的な勉強まで、遠隔でできるとしたら、どうですか。本当に幼いときから、どんなに高齢になっても、自分のいる場所で自分の学びたいことを学べますよね。これがプロップの次の大きな望みです。
 で、自ら最先端の方々とこうやってお付き合いをさせていただいているのは、実は最先端の情報をゲットすることと同時に、「最先端のことをされている方々だからこそ、ここへぜひ目を向けて」と伝えたいからです。
 だって、私がなんぼ頑張っても、コンピュータをどうこうできるわけではない。けれど、「こういう人がこんなことを求めてるよ」という提示は、逆に、私にしかできない。ですから、そういう意味で、ぜひプロップの活動を活用していただきたいなと思います。

やりたいこと、頼めること、自分でできること

成毛 では、チャレンジドの方が「ITを使って納税者になってやろうじゃないか」と思ったときに、どうしたらいいのか。
 回線は何がいいか、パソコンは何を買うかといった細かい話は別にしまして、まず何をすればいいのか。その上で高等教育を受けるんだったら、慶応に電話すればいいのか。仕事をしたいときには、VCOMに行けばいいのか。そのあたりの具体的なイメージを、どなたか少しガイダンスをしていただけませんか。
金子 それよりも、もうちょっと手前の話なんですけど、いいですか? 竹中さんの話と中野さんの話で思いついたんですけども、今はいろんなことができるのに、どうしてプロップのチャレンジド、プロップだけじゃなくチャレンジドのほうが先に行っているかというと、やはり中野さんの言うように「やりたい」という気持ちなんですよね。
 たとえば、ビデオ・オン・デマンド。「いつでも講義がビデオで見られますよ」というのはいいんですが、それを大学でやると、ただ授業に来なくなるだけですよね。で、ビデオって、撮っても結局見ないことが多いじゃないですか。そうすると、授業にも行かないしビデオでも勉強しないで、何となく卒業しちゃうという人が出てきます。
 その一方に、先ほど「病院でインターネットが使えなくて、本当に困っちゃった」という話がありましたけど、そういう学びたい気持ちや働きたい気持ちをいっぱい持っている人がいる。こういう人は、やはりチャレンジドの人のほうが多い可能性が高いですね。
 それからもう一つ。私がナミねぇに会ったのは阪神淡路大震災の時で、いろいろと教えていただいたんですけど、そん時に車椅子の人なんかに会うと、すっごく元気だったんですね。「いや、俺たちいつも電車に乗れないから、電車が止まっていても別にどうってことないよ」と(笑)。まぁ、それは一つの冗談ですけども。要するに、障害のある人は、他人にものを頼むことに慣れているんです。
 一方、われわれは、頼まれると嬉しいことももありますよね、「あっ、役に立つんだ」と。しかし、われわれは、こういう社会になると、だんだん他人にものを頼まなくなって、何でも自分でやろうとします。できないことは、お金で買うようになっています。
 そうではなくて、やはり頼めるものは頼むようになった方がいいと思います。もちろん、「何でもやってくれ」ではなくて、「できることはやっていこうよ。できないことはしょうがないじゃない」と、そういう感覚が大事だと思います。
 先ほど阿多さんが示されたような新しいハードウェアがあります。手嶋さんが開発したようなクリエイティブなソフトがあります。しかし、それを誰が使うかと言うと、先ほど中野さんが言ったように、大学なんかも一生懸命eラーニングとか遠隔授業に取り組んでいるけれども、結局、プロップ・ステーションのチャレンジドたちのほうが先に行って、「われわれを教えてください」と言っている。それは、やはり「やりたい」という気持ち、「どうしてもやり遂げたい」という気持ちの違いですよね。
 でも、やりたい気持ちだけではダメで、やはり実現する方法が必要です。私もこのメンバーも、少しずつですけど、そういうことには多少お手伝いできると思います。そうやっていろいろ実現させてきたことが、たぶん、このフォーラムがこれまで続いている一つの大きな理由ではないかと思います。
 で、今「やりたい」と思っているチャレンジドの方が具体的にどこに行ったらいいのかというお話は、たぶん他の方が‥‥。
竹中 プロップをまだ知らない人がプロップと接点を持つのは、まず相談からですね。電話の相談。来られての相談。そして、最近すごく増えてるのは、やっぱりeメールによる相談ですよね。
 で、自分は障害が重いんですけど働きたい、勉強したい、どうしたらいいですかと、そう言って相談してくること自体、私は「すごいなぁ」と思うんです。もうその気持ちだけで、つながっちゃうんですよね。
 だけど、プロップだけで解決できる問題ではないんです。プロップに来れば勉強できる、あるいは遠隔でも勉強できる。でも、これはまだ公的な教育ではありません。コミュニティーのスクールみたいなものです。だから、私たちだけではなくて、もっとこういうコミュニティーのスクールがいっぱいあったらいいと思うんです。
 だから、相談してきた人には、「今あなたの住んでいる場所にそういうものがないとしても、あなたの地域に3人ぐらい同じ思いの人がいたら、その地域でやりぃよ」と。「で、私らとノウハウの交換をしましょうよ」と。
 プロップが何でも引き受けるんじゃなくって、プロップがここまで歩んできたことのエッセンスをたくさんの方に伝えて、仲間を増やしたいんです。だから、相談を持ちかけてきた人は、もうその時点で、同じ目標へ向かって歩き始める仲間なわけですね。各地にそういう仲間ができたらいい。
ナミねぇの写真 結局、このフォーラムも、そのためのものです。これだけ各地で開催できるようになって、同じ目標を共有する仲間が増えて、47都道府県のうちの10の自治体でチャレンジド就労支援の政策が生まれました。その地域でのチャレンジドの人たち自身が中心になっての勉強会も始まっています。
 それのきっかけ作りをするのが、私たち。だから、「誰かに頼ろうではダメ。でも、誰かに悩みをひとこと言うた時、自分がそれに解決策を見出すことができるよ」ということを伝えたいなと思います。
成毛 なるほど。「この方向がいいんだ」ということであれば、プロップが相談窓口になるので、後は点で増やしていく。そして、それぞれの運動は、ある意味では多様化していくほうがいいんだろう。そんなふうに伺っていました。

調達問題は、国を待たずに地方から

成毛 私もここに並んでいるパネリストの皆さんも、プロップとはかなり古くからおつきあいをさせてもらっていますので、この岩手で新たな運動が生まれる、あるいはさらに大きくなることに対して、ご協力をさせていただくこともあるんだろうと思います。
 というわけで、最後にパネリスト一人ひとりに、どういう協力をしていくのか、少しお約束をいただいて(笑)、それから退場いただきたいと思います。
 今度は反対に、一番向こうの安延さんのほうから、「逃がさんぞ」ということで声をかけていますが(笑)、最後に一言、宣言をしていただきたいと思います。
安延 手嶋さんが「補助金はいらないから仕事をくれ」というチャレンジドの方の声をご紹介なさっていましたけど、これはもう、まったくその通り。私が役所にいた頃から思っていることです。
 ITは、障害を持った方が生産活動に従事する際の非常に大きな助けになります。先ほど阿多さんのね新しいパソコン見て、「欲しいなぁ」と思いました。実は、私も最近だんだん目が霞んできたものですから、「欲しいな」と思うわけです。
 で、実はこの分野で、政府や自治体は非常に大きなお客さんです。この非常に大きなお客さんがどういう買い物をするかということは、業界に大きな影響を与え、働こうという思いのある若いチャレンジドの方や引退をした高齢者の方にも、ものすごく大きな影響を与えると思います。
 実は、アメリカでは1998年に「セクション508」という有名な法律ができました。政府が調達をするさまざまな機器やサービスは、障害を持つ人にも使えるものでなければならないという法律です。アイルランドやオーストラリアでも似たようなものができています。
 日本はというと、実は2000年にできましたIT基本法の中に、そういう精神だけは盛り込まれているんですけれども、これが実行されてない状態です。ぜひ、今度はお経を唱えるだけではなくて、行動して欲しい。元役人として言えば、そのお手伝いができればと思っています。
 私は、いくつかの地方自治体でお仕事をさせていただいています。増田知事もおいでになっていますので言わせていただきますが、私は実はこの話は自治体が動くかどうかが非常に大きなポイントだと思ってます。と言うのは、国が動くと、先ほどからキーワードになっている「多様性」というものが、どうしてもなくなるからです。
 今、住民基本台帳ネットワークで大騒ぎになっています。国があのネットワークをコントロールする必要はまったくないんですけれども、マスコミが「責任取れ」と騒ぐものですから、国がしゃしゃり出るわけです。しかし、あれはむしろ、市町村がどうするか、都道府県がどうするかということが大事で、たぶん、「お国が法律を作ってくれたら、あるいはガイドラインを作ってくれたら、それに従ってやります」という問題ではないと思います。
 最近は、国の役人を辞めて自治体で仕事をさせていただくことが多いものですから、「できればそういうことのお手伝いをしたいなぁ」ということです。

トライアル雇用で好成績の岩手県、トライアル発注を!

成毛 もう時間もだんだん迫ってまいりました。それぞれの方々、順番に決意のほどをお願いします。
西嶋 わかりました。IBMの立場というよりも、雇用する側からいろいろ発言をしてきた立場でお話をさせていただきます。
 このフォーラムの第4、5、6回ぐらいでしょうか、ずーっとこうしたセッションに厚生労働省の方も同席していただいて、われわれのほうでかなり詰め寄りましたよね。いろいろな制度が、こうなったらいいんじゃないか、こうすべきじゃないか、こういう考え方があるんじゃないか、と。
 そういう発信をしていくことって、すごく大切だと思うんです。もちろん、それが全面的に功を奏したということではありませんけれども、その影響で制度が変わったという例も出てきているわけです。ですから、発信していくということを忘れずに、これからも続けていきたい。
 もう一つだけ。日経連にいる間に「トライアル雇用」という制度を始めました。障害を持った方たちに試しに働いていただいてから雇用につなげるというもので、非常にいい制度だったんですが、実は岩手県ですごくいい成績があがりました。
 県別に全部数字を取っていて、「なぜ岩手県が」と思いました。というのは、一般的には雇用があまりない県だったからです。その岩手県でこれだけ数が出たのは、やはり進める方たちの熱意だったんですね。
もちろん、数では大阪が一番で東京が二番でした。しかし、そういう大きなところではない中では、岩手県がダントツの数をあげました。すごくいいことだと思ってます。ですから、皆さんの熱い思いが、また何らかの形になってくれればいいなと思います。
成毛 ありがとうございました。では、手嶋さん、どうぞ。
手嶋 はい。ぼくは、仕事を出す人の概念を変えてもらうという活動を一生懸命やりたいと思います。
チャレンジドの皆さんとずっと仕事をしてきて、彼らの持っている伝える能力とか聞く能力、または伝える努力とか聞く努力は、われわれ健常者以上のものがあると感じています。努力をして聞かないといけなかったし、努力をして伝えないといけなかったから、その能力はすごく高いんです。
 これからのコミュニケーションにITを使うのは当然です。そのITがすごいのではなくて、使う人の伝える能力がすごいかどうかが問題なんです。たとえば、羽曳野市は、プロップのチャレンジドの伝える能力の高さを認めて、ホームページをチャレンジドに発注して作ってみたりしています。
 ですから、岩手県もぜひ、全部とは言いませんが、あるポーションはそういう発注の仕方をしてみて欲しい。各市町村でやってみるとか、そういう挑戦をしてみていただいたら、また新しいことがわかるのではないかと思います。
成毛 で、あなたは何をするか、そういうお話なんですが(笑)。
手嶋 ええ、私はそれを陰ながら(笑)応援したい。耳元で囁き続けたいなと思っておりますが。
成毛 後で詰め寄っておきます(笑)。

パネリストたちは自ら動く!

成毛 では、中野先生、どうぞ。
中野 私のほうは先ほど決意をしゃべったと思います。神戸にプロップ・ステーションのサイトがありまして、そこにときどき行くと、後で飲ませてくれそうなんで、「これからも行きたいなぁ」と(笑)。
 実は大阪市に「産業創造館」という施設があって、そこでもプロップ・ステーションが活動しています。私のテリトリーですので、それのお手伝いしたいと思っています。
 「公的なところをもっと使え」という話には、私はちょっとオブジェクションがあります。私は今、大阪市の情報化を手伝ってるんですけども、大阪市では今、「NPOと企業と官が三角形になって、その中に市民がある。それぞれの仕事の分担があるんじゃない?」という議論をしています。
 私は、こういうチャレンジド関係のことは、かなりな部分がNPOで、その足りないところを官だとか企業が補うのが正しい、今の時代の道かなと思っています。そういうふうな気持ちで、自治体からも応援したいなと思っております。
成毛 ありがとうございました。では、金子先生、どうぞ。
金子 はい。では短く。今日の議論で、チャレンジド側には非常に高いニーズがある、やる気もある、ツールも揃ってきた、全体的なシステムも少しずつですけど動いてきた、ということが話されたと思います。あとは、やはり一人ひとりが一歩一歩実現していくことかなと思います。で、私も自分なりに、できることから一つ一つ、また来年までには「これをした」ということが言えるようにしたいなと思います。
成毛 ありがとうございます。では、阿多さん、最後にどうぞ。
阿多 一番最初に申し上げましたが、2年前は全然わかっていなくて、今2年経ってこんな状態。向こう2年でまた、今のタブレットPCなどの技術をどんどん進めて行きたいと思います。日本のメーカーさんは、非常にアクセシビリティ関係の技術もたくさん持ってらっしゃるので、それをちゃんと標準的なものにしていこうというのが、技術的な目標です。「もっともっと便利な物、使いやすい物を」と。
 それからもう一つは、日本のマイクロソフトも、会社がどんどん大きくなっていますので、日本社会の中でちゃんとした役割を果たせるようにしていきたい。それこそ、外資の中でいいますとIBMさんをしっかり見習って、勉強させてもらって、皆さんに愛される会社にしていきたい思っておりますので、よろしくお願いします。
成毛さんの写真成毛 はい、ありがとうございました。
 チャレンジド・ジャパン・フォーラムは、セミナーをして、皆さん方に何か偉い人たちや有名な人たちのお話を聞いてもらうということでは決してありません。ここに並んでいるすべてのパネリストも、今日と明日これから出てくる人たちも、基本的には自分で動くというのが大前提です。
 その上で、先ほど清原先生のお話にもありましたように交流をして、「じゃあどういう方向が正しいのか」「仕事の割り振りはどうするか」といったことを話し合う。そうやって社会を変えて行くことが非常に重要だと、私も思っていますし、全参加者が思っているんだろうと思います。そんな意味で、最後に決意を皆さんからお聞かせいただきました。
 少し時間を超過しております。これで、パネルディスカッションを終わらせていただきたいと思います。
竹中 こらこら!(笑)
成毛 はい、成毛さんの決意はですね、この人たちがちゃんとやるかどうかを見張る役目をするという決意でございます(笑)。これでパネルディスカッションを終わらせていただきます。どうもありがとうございました。