地元からの発信パート1・岩手の取り組み事例

パネリストの全景 コーディネータ
 竹中ナミ  プロップ・ステーション理事長
パネリスト
 大信田康統 もりおか障害者自立支援プラザ所長
 八角明伸  ヤスミ代表取締役社長
 高橋俊肥考 デジタルディレクター

竹中 会場から「またアンタか」という声が聞こえそうですが、またです(笑)。コーディネータをさせていただきます。それでは、今日の最後のセッション、「岩手の取組み事例」です。開催地・岩手の地元のチャレンジドの皆さんに登場いただきました。最初に、自己紹介と、このフォーラムにかける思いなども、一言ずつお話いただきたい思います。

チャレンジドがチャレンジドの自立支援

大信田 はい。大信田康統と申します。私の職場は「障害者自立支援プラザ」と言いますが、これはあの厚生労働省の市町村障害者生活支援事業で作られたもので、岩手県に現在4ヵ所ございます。盛岡は平成9年に発足いたしました。
大信田さんの写真 メンバーは、私が手足が不自由で車椅子の、いわゆる肢体障害者。それから、聴覚に障害のある相談員と、視覚に障害のある相談員がいます。この3名は「ピアカウンセラー」、つまり、障害を持った者が同じ障害を持った方のいろんな日常生活の相談に乗るというカウンセラーです。そして、もう一人、手話のできる女性がいます。ですから、現在職員は全部で4名です。
 どのような仕事をしているかというと、具体的には就職の相談、福祉制度についての相談、あるいは結婚の相談、自立についての相談など、さまざまな相談があります。
 私は平成9年から現在の仕事をしていて、やはり障害を持った者がその障害を持った方にいろいろなことを聞くのは、大変にいいことだなぁと実感しています。
 やはりバッググランドなど似通ったところがありますから、相談者としては相談しやすいと思いますし、われわれとしては、困ることや気をつけなければいけないことが、事前にわかるという利点があります。そういう意味では、障害を持った者が障害者に対する相談業務を行うというシステムが、これからどんどん広がっていくのが一番いいことだろうと思っております。
 場所は、盛岡の三本柳というところで、県が建てたスポーツ・文化施設「ふれあいランド岩手」の近くです。「ふれあいランド岩手」に来て、受付で「自立支援プラザはどこか」と聞くと、ちゃんと教えてくれるようになっておりますので、ぜひお聞きになっておいでいただければ、ありがたいと思います。
 それからもう一つ。チャレンジド・ジャパン・フォーラム(CJF)に参加した経緯ですが、これは一にも二にも、実行委員長をなさっている村田さんや岩手県から「一緒にやらないか」というお話があったからです。参加させていただいて、たいへん感謝しております。
 それはどうしてかというと、やはり私たちは「自立」ということに対して真剣に考えていかなければいけないし、障害を持った人たちに社会の中で個性を生かしながら生きていってもらうために、大事な仕事をしていると思っています。ですから、自分のためにもたいへんありがたい役割をいただいたと思っているんです。一生懸命やらせていただきます。よろしくお願いいたします。
竹中 ありがとうございます。それでは、八角さんお願いします。
八角 皆さん、こんにちは。県北岩手町沼宮内から参りました八角明伸と申します。
 私の実家は、もともとは祖父の時代から営んでおります肥料屋でした。しかし、私は学校を出て実家に戻りました時、「こんな重い物を無理して頑張って担がなくてはいけないのか。こんなバカくさいことはやってられないな」と(笑)、まずそういうふうに思いました。それで、昭和59年に盛岡の館向町、ちょうどNHKさんと館坂橋の真ん中あたりに4坪の店舗を借りて、高校の同級生と2人でパソコンショップを始めました。
 IT、ITと言われる昨今ですが、当時はまだパソコンの走りでした。でも、「私のように体にハンディーがある者が、肥料のような重い物を扱ってみても、将来飯を食っていけないのではないか」と思いまして、一か八かやってみようということで始めたわけです。
 その後、平成5年に、盛岡バイパスの南大橋から遠野、大船渡へ向う国道396号線沿いの門というところに社屋を建てまして、そちらの方でコンピューターのシステム販売をやっております。
竹中 はい、ありがとうございます。それでは、高橋さん、お願いします。
高橋さんの写真高橋 はい、高橋俊肥考と申します。今住んでいるところは、ここから50キロぐらい南に下った北上市です。仕事をしてるのは、一関市というところで、さらに50キロ南に行ったところです。毎日通勤して、仕事をしております。知的障害者の授産施設で、パソコンの指導をしたり、ソフトウェアを作ったりしております。
 私は、小さい時からメカが大好きでして、テレビやラジオの修理なんかもずっとやっていましたけども、数年前から趣味だったパソコンを使って「自立支援ができないか」と思いまして、いろいろ試行錯誤をしてきました。
 その中で、「チャレンジド」という言葉を竹中さんの書かれた本などで知って、その活動ぶりを知って、「あー、すごいなぁ。ぜひ、このCJFという会に参加したいものだな」と思いました。東京大会が3年前にありまして、その時に初めて参加しました。その縁で、今回の実行委員の中に入れていただきました。
 ITはチャレンジドの強力な支援材料になると思っていますので、今回の取り組みでそのことにますます期待をしているところです。
竹中 はい、ありがとうございます。
 今回のCJFでは、実行委員長の村田さんが公務員さんでしょう。大信田さんが、障害者自立支援のプラザの所長さん。八角さんが会社経営者。社長さん。高橋さんはデジタルディレクターさんという。こうしてみると、岩手っていろんなチャレンジドの方がいて、層が厚いですねぇ。
 ここに上がられてる方だけじゃなくって、かなりたくさんのチャレンジドの方‥‥。
大信田 それはもう、わんさかいます。たいへんなものです。

パソコンは「必要になったときに覚えれば」

竹中 その皆さんが、ITをどんなふうに使われてるのか。ちょっと教えて欲しいんですけど、大信田さんの活動ではどうですか?
大信田 自立支援プラザでは、パソコンを置いて、外から相談に来る障害を持った方々にインターネットを使ってもらったり、ということはしています。それ以外に講座を設けてという、竹中さんがおやりになっているような活動まではやっていないんです。そういう活動は、むしろ八角さんや高橋さんが一生懸命やっておられます。
竹中 なるほど。大信田さんご自身は、メールとかは?
大信田 まぁ、その程度ですね。メールを打ったり、ワードでものを書いたりぐらいで、大したことはできません。それこそ、先ほどナミさんも言っていたように、こうして両手の指一本でという感じですから。
竹中 同じぐらいですか(笑)。
大信田 もっと悪いかもしれません(笑)。
竹中 ちょっと安心しました。皆さん、バシバシなので。
 八角さんは、お爺さんの代からの肥料屋さんだったのに、パソコンショップに転換されたということなんですが、「親不孝者!」とか言われませんでした?(笑)
八角 何をやったらいいのか、学校終わったばかりですし、さっぱり自分ではわかりません。失敗してもあまり迷惑をかけないようなこと。あとは、「自分ならこれくらいだったらばできるかな」と思えること。そういう安易な発想で始めたに過ぎませんね。
竹中 どこでパソコンを勉強されて、それをビジネスにするまでにならはったんですか?
八角 学校を終わりまして、まず自動車学校に3ヶ月ばかり通いました。岩手町には当時はなくて、盛岡の身体八角さんの写真障害者自動車教習所というところにバスと電車を使って3ヶ月間みっちり通って、やっと免許を取りました。
 それで、家から盛岡までは40キロ、車で1時間ぐらいかかるんですけども、週に一度ぐらいは盛岡に遊びに出てきて、当時数件しかなかったパソコンショップに行って、いじらしてもらったんです。
 本を買って帰って、一週間ぐらい家でそれを読んで、また一週間後に同じパソコンショップに行って打ってみて、「あっ、うまくいったじゃん」とか、そんなきっかけで始めたんです。
竹中 完全に独学で入らはったんですね?
八角 そうですよ。
竹中 それでも社長さんに?
八角 いやいや、別に専門知識とか、そういったものはまったく必要がなくて、「要領よく」と。まぁ、そういうことなんじゃないんでしょうか(笑)
竹中 それもすごいことですよ。障害持ってる人が何かを要領よくやるというのは、実は一番難しいことだったんですよね。
八角 そうですねぇ。
竹中 ねぇ(笑)。だけど、要領よくパソコンを使うことで、要領よくやれちゃう。もともとの性格もおありなんでしょうけど、すごいですよ。
 先ほど会場で、奥様もご一緒でしたが、奥様もパソコンはお使いになれるんですか?
八角 いやぁ。それが、同じ町の公民館活動のパソコン教室に遣ったんですけども、さっぱりできません(笑)。
竹中 奥さんは、あきませんでしたか。今のを聞いて、教える立場の高橋さん、どうですか(笑)。
高橋 パソコンに限らず、何でもそうだと思うんですけども、「必要になったときに覚えればいいんじゃないかな」と、私はそういうふうに思っています。
 何事も、まず勉強しておいて、いざという時に役立てるというのは、なかなかできないことです。だから、必要になった時に必要に迫られて覚えるというのが、覚えるコツじゃないかと、日頃そういうふうに思っています。間違っているのかしれませんけど、私の場合はそうでしたし、たぶんこれからもそうだと思っています。
竹中 やっぱり背水の陣でやるのが一番強いんかもわからんですね。火事場の馬鹿力みたいなことも、あるかもしれません。

行政には補助金よりも仕事を出して欲しい

竹中 さて、大信田さん、自立支援プラザの活動を、もう少し詳しく教えて欲しいんですが。どんなご相談を受けられて、どんなふうに支援しておられるんですか。IT教育のほうはやっていないということでしたが。
大信田 一番多いのは、やはり就職相談ですよ。これは大変。ですから、このフォーラムの「働いて、収入を得て、納税できる障害者」というテーマは、われわれの気持ちにピッタリ来るんです。目指すところは、まさにその通りなんですけど、これがなかなか難しいんですね。
 それで、「これから行政で、ぜひこう取り組んでいただきたい」ということを、ここでしゃべっていいですか?
竹中 どうぞ、思いっきり言ってください。
大信田さんの写真大信田 今、現場にいて障害を持っている人たちの就職をお世話するとき、結局は雇用促進法に基づく助成金を頼りにお願いするしかないわけですね。
 5、6年前にドイツに行ったときに、日本で言う授産施設のようなところを見ました。仕事が来ているわけですけど、「その仕事はどう探して来るんですか」と聞いたら、「ちゃんと政府からこういう施設に仕事をおろすようになっている」というんです。そのときは、航空会社の荷物を運ぶネットを修理していました。ほつれたところを編んで、作り直して、航空会社に納品をするという仕事をしていました。
 日本では今、授産施設が仕事がなくて本当に困っているわけですから、行政が、たとえばテープ起こしの編集の仕事を出すとか、あるいは名刺とか封筒の印刷を出すとか、そういう取り組みをしていただきたいと思います。
 もっと突っ込んだ言い方をすると、指名競争入札がありますね。市町村でも必ず指名競争入札があるわけです。その中に、障害者雇用をしている事業所を最低1社は入れるとか2社は入れるとか、そういうシステムを考えていただければありがたいなと思っています。
 自立支援プラザを運営して、いろいろな相談を受けつけている中で、やはり就職の先が無いというのが、一番辛いところですね。
 それからもう一つ。全身介護の人たちの問題です。自立した生活をしたいといった時、市町村によってサービスの違いがあるので、それをどう結びつけるかという問題もあります。これを言い出すと長くなりますので、これぐらいにさせていただきますが、ぜひ行政には仕事を出していただきたい。そうすれば、障害者を雇用する事業所も良くなるだろうし、障害者自身も経済的な社会参加、あるいは経済的な自立ができると思うんです。
竹中 ありがとうございます。プロップも、そういう意味ではまったく同じ考え方です。慰めのお金ではなくて、「君に期待するからこの仕事やってくれ」ということでの働く場、自分の能力を発揮できる状況。それは本人と家族だけでは、なかなか作れるものではない。やはりこれは、自治体や国、私たちのようなNPO、チャレンジド自身が一緒になって、そういう方向性を見つけていかなければいけない。
 実は、このフォーラムがこの岩手で開かれたのは、岩手県としても、そういう方向性を探ってみようと思われたからです。そういう制度やシステムも作ってみようと。ですから、今、大信田さんが言われたようなアイディアがもっともっと当事者から出されることで、県の皆さんにとってもいい刺激になると思います。「そうか、そんな方法あるか」とか「こんな仕事やったら、やれるんか」とか。ですから、当事者の声をどんどんこう積極的に伝えていっていただければ、と思います。

生活扶助よりも就労支援のための障害年金に

竹中 すでに働いて、会社経営までしている八角さん。先輩として、これから仕事をされるチャレンジドに対して、何かアドバイスはありますか。
八角 アドバイスではないんですけども、私は、制度が妨げになって障害者が就労できない面があることを、行政ならびに関連の機関の方々に訴えていきたいと思っているんです。 というのは、「障害年金」のことです。障害年金とは何かというと、本来、その人が普通の障害を持たない方に比べて機能的に失っている部分を補うべきものだと思うんです。
八角さんの写真 たとえば「法定雇用率を守りたいんだけども、職場までどうやって障害者を連れてきたらいいのか」といった問題。家庭から職場まで、その働く気のある障害者を運ぶのは、行政の仕事だと思うんです。それに使われるべきものが障害年金なんです。
 ところが、今の障害年金は、どちらかと言うと生活扶助みたいな性格のものになっている。行政は自立のための細かいサービスを提供するのではなくて、障害の程度によってお金を支給すればそれでいいんだという考えでおられる。だから、なかなか就労のためのサービスに繋がらない。
 しかも、今の障害年金は、自分で働いてある程度の収入を得るとカットされる。障害を持ってる人間が障害を持たない人間と一緒に働いて、それだけの収入が得るという努力を全然見ていらっしゃらない。「障害年金というものは障害をカバーするためのものなんだ」という性格から外れている。
 アメリカでは、ヘルパーさんが朝その方の住宅まで出向いて、起こしてあげて、着替え身支度をしてあげて、朝食を作ってあげて、会社まで届けてあげる。で、会社に付いたらその方は精一杯仕事をする。就業時間がすんだら、またヘルパーさんが迎えに来て、夕食の準備、お風呂の準備、就寝の準備まで面倒を見てくれる。そういう現場を、私は81年に見てきているんです。
 その方は普通の収入があって、ちゃんと税金も払って、地域社会の中で人格的に認められている。「素晴らしいな」と思いました。日本はそういう制度ではない。「障害の尺度を測って金銭で補助すればいいんだ」、「ある程度の収入を得られるようになったら切ってしまえ」という制度です。
 障害年金がもらえないということは、医療費その他の無料という補助も全部なくなるんです。ということになると、働きすぎるとかえって収入が減る。こういう悪い制度になってしまっているんですね。だから、障害者の就労というのが進まない原因の一つには、この問題があると、私は思います。
竹中 ありがとうございます。非常に貴重なご意見が出たと思いますね。日本の障害者への手当は、その人が働く、つまり社会の中で自分の力を発揮する背中を押すために使われているのではない。むしろ、「障害あんねんから、無理やから、あげよう」というふうにしか使われていないと。で、結果として、「もらえんようになったら困るから、できるだけ働かんように」という人も生み出していると。
八角 そうなんです。
竹中 実は、今日はここに上がっていただきませんが、明日、財務省からのゲストの方もいらっしゃいますので、今日のこの発言を覚えておいて、「貴重な税金をいったいどう使っていったら、地域や日本の国全体のためにいいのか」という議論をやってみたいと思いますよね。

「知的障害者にパソコンは無理」は大いなる偏見

竹中 さて、高橋さんは今、教えてらっしゃる相手が知的ハンディのある方々ということなんですけれども、実はプロップが活動を始めたとき、よく言われました。「身体障害の人が手足が動きにくいからコンピュータというのはわかるけど、知的ハンディの子には無理よ」と。そう言って、家族とか作業所の先生とかが全然触らせてあげないような時期があったんですよね。
 ところが、知的ハンディの方や精神の障害の方が、個人的に母ちゃんと一緒にプロップにパソコンを触りに来たりするようになりました。そして、それぞれの方がその人なりの表現をするようになって、今すごいたくさん知的ハンディの方が勉強に来られているんです。だから、私は「ITって本当にすごいなぁ」と思うんですけれども、そのあたり、デジタル・ディレクターとして‥‥。と、その前に、「デジタル・ディレクター」というのは、これ、ホンマにある事でっか?(笑)
高橋 いえ、あの、実はですね、今やっている仕事に値する肩書きがないもんですから、苦し紛れにつけたというものでして(笑)。
竹中 造語。自分一人だけの職業(笑)。
高橋 はい。希少価値があると、自分では思っていましたけども(笑)。
 今、竹中さんがおっしゃられたように、知的障害者にコンピュータを教えようというのは、無謀なこと、無駄なことなんだという意識は、非常に世の中に蔓延しています。「ワープロでさえ普通の人にもなかなか難しいのに、知的障害者にできるものか」と。私は、そういう理解のなさが、知的障害の人のチャンスを奪っていると思っています。
 その一般には無理だと思われていることを、「ブナの木園」という授産施設で「これから始めるんだ」とうかがったとき、「これはチャンスだ」と思って、私も中に入れてもらいました。
 いざ蓋を開けて見ますと、お昼休みになると、皆さん11台のパソコンを2層にも3層にも取り囲みまして、非常に賑わっています。何をしてるかというと、インターネットです。11台全部、別々につながるものですから、ある人は自動車会社のPRのホームページを見たり、ある人は天気予報を確認したりという感じです。あと、遠足などの機会もけっこうあるので、今度行く場所を確認したりしていることもあります。かなり高度な内容をやってます。
 それで文字を覚えた障害者もたくさんいますので、スタッフと一緒に「これからもっと本格的にやっていこうか」と話していますけれども、本当に驚くばかりの能力を発揮することは、これでわかるかと思います。最初の頃は、私も私以外の方も本当に苦労しましたけれども、結果的には外から見学に来られるほどの盛況で、皆さん、驚いて帰られます。仕事も非常にたくさんいただいて、感謝しておるところです。今3人の利用者が専門で関わっていて、一生懸命仕事をしています。
 今、大信田さんから「仕事がない」というお話がありましたけども、その理由の一つには、障害の重い人も軽い人も、少ない仕事を奪い合っているという現状があります。そうではなくて、どんどん新しい仕事を開拓して、紹介して、やっていかなければならないのではないかと思います。
「知的障害者にはワープロは無理だ」といった偏見を払拭して、どんどんやってもらうような方向に皆で持っていけば、いろいろ仕事が広がって来るんじゃないかなと思うんですが、いかがでしょうか。

プロップはこうしてチャレンジドを仕事につなぐ

竹中 先ほど八角さんがおっしゃったこともそうですが、やはり「仕事をしたい」というお気持ちが切実ですよね。怠けたいという人も世の中には多いんですが、こんなに仕事をしたいという人たちがいるということを、皆さん、すごいことだと思いません? 「これを何とかできないとしたら、私ら恥ずかしい」という気持ちになりません?
 プロップも、自分ら自身でも仕事を創出しようという取り組みをしてきました。ちょっとプロップの取り組みを簡単にお話しします。
 プロップ・ステーションは、まずは勉強の場です。通って受けるセミナーから始めましたが、いまは遠隔のセミナーもあります。NPOの学校ですから、勉強して一定の実力を付けるまでは何遍受講してもいい。1年である程度の成果を出せる人もいれば、4年5年かかる人もいる。1年で辞めなさいなんか、絶対言われません。
 障害の種別も年齢も性別も一切関係なく、自分が納得できるところまで何回でも勉強OK。初級を何回やってもいいし、中級を何回やってもいいし、という形です。で、勉強していくと、プロップの支援者である超一流のプロの人たちがいっぱいおられて、「この人はもうこんな仕事ができるレベルになったでぇ」という評価をしてくださるわけですね。
 そして、いろんな仕事ができるような人が生まれたところで、プロップ自身が営業部隊と化して、企業とか、自治体とか、あるいは国とかに、「こういう人たちが育ってきたので、なんぞ仕事探してちょうだいな」という折衝をします。
 残念ながら、法人相手でないとお仕事を出せないという社会のルールがありますから、チャレンジドの人が個人で営業に行ってもなかなか仕事をゲットすることができません。ですから、プロップ・ステーションが営業をかけて、プロップが責任を持って契約を交わします。つまり、納期、グレード、価格はプロップが責任持ちます。相手先に対しては、「アウトソースする仕事があれば、その内の一個にプロップを選んでくれたらいいんです。よそに出すのと同じ感覚でお出しいただいて結構です」と。
 いただいたお仕事は、いろんなレベルに育たれた方々にやっていただきます。ホームページを作るのが得意な人もいれば、プログラミングが得意な人もいれば、「作曲をやります」といった人もいます。いろいろな得意分野の方がいらっしゃって、受けたお仕事によって、いろいろな人が組んで取り組みます。それこそワークシェアリングですね。
 ホームページを一個作ると言っても、ホームページのデザインをするのが得意な人にはデザインをやってもらって、「文字入力はキッチリできるけど、それ以外はまだ無理」という人には、まず文字入力をやってもらう。
もちろん出来高制で、その人の能力や量に応じて報酬は違いますけれども、少なくとも無理をしなくてもいい。自分が一番得意なことが仕事になるという仕組みを、プロップは持っているわけですね。
 たとえば、Aさん、Bさん、Cさんの3人で組んでお仕事をしてもらって、たまたま途中でCさんが体調悪くなった。では、Cさんは無理をしないで休んでください。代わりに、プロップが責任を持ってDさんに仕事をしてもらいます。
竹中さんの写真 そういう体制を持って初めて、企業や自治体は安心して仕事を出せる。納期、グレード、価格を守って返ってくるという安心感を持って、お仕事の発注ができるわけです。
 チャレンジドは自分の力を活かすことができ、企業や自治体は本当にして欲しい仕事を出すことができる。プロップ・ステーションは、そのためのエデュケーションとコーディネーションをやっているわけです。
 しかし、残念ながらこの仕組みは、まだまったく公的に認知されたものではないんです。先ほど、たくさんの方に壇上に上がっていただきましたし、明日もまたたくさんの方に上がっていただきますが、そうした方々の力、つまり、「こういう活動が広まるように支援していこう」という人たちの使命感で、ここまで来たわけです。
 ですから、岩手なら岩手で、うまく組み合わせをして、「岩手の地元のチャレンジドもいろんなお仕事ができるよ」という認知を広めていけばいいわけです。八角さん、そうですよね?
八角 そうですね。先ほどもパネリストの方がおっしゃっていましたが、十人十色の時代から、10人いると100色も200色も個性があるような時代になっています。つまり、どんどんニーズが多様化しています。そうすると、それに追随して仕事も増えているはずなんですね。課題は、それをどうやって取り込んで行くかということだと思います。
 一口に障害と言っても、私のように一目で障害者とわかる人たちだけの問題ではありません。40代の人が50代になり、50代の人が60代になり、60代の人が70代になっていく時、確実に不便な事が少しずつ増えていくはずなんですね。どなたも限りなく障害者に近づいていく、そういう世の中だと思うんです。
 そういう中に、ニーズが絶対あると思うんです。だから、画一的に「障害者にはこういう仕事」という考え方ではダメです。
 私が学校を終わって就職しようと思って職業安定所に行った時は、「はい、障害者は授産施設か、それが嫌であればクリーニングの仕事とか、そういうところ。給料はこんなもの。それでも就職できるなら、ありがたいと思いなさい」と、そういう時代でした。
 それに比べれば、今は仕事を探そうと思えばいくらでもあると思うんですけども、実際に仕事を探してる障害者には、それが見えていない。だから、新しい仕事を開発するような仕事を、行政並びに関係の方にお願いしたいなと思っておるんです。

動き出した岩手県のチャレンジド就業支援事業

竹中 実は、会場に岩手県庁の方も来られてると思いますが、岩手県でチャレンジド就業支援のための政策が始まるんですよ。ご存知でした?
大信田 いいえ。
八角 いいえ、知りませんでした。
竹中 始まるんですよ(笑)。
大信田 何が始まるんですか?
竹中 何が始まるんでしようかねぇ(笑)。県庁の方、いらっしゃってます? あっ、手が挙がっている。どうぞ、上がって来て下さい。「何が始まるんですか」と言われてましたね。まだ広報たりませんね。何が始まるのかということを、ぜひ一言。
県職員の写真県職員 すみません。始まるというよりも、実はもう始まっているところもあります。ちょっとまだこのような場でお話できるようなものになっていないんですけども、一つは、いわゆるITを使った職業訓練ですね。
 それを、県内で、なるべく自分の居住地に近いところで受けられるようにしようという施策を作っております。いくつか職業訓練法人に委託して、すでに職業訓練を始めております。なるべく多くの方々にそういう訓練を受けていただける機会の創出ということです。
 それから、就業の相談を受けて実際に就業に結びつけていく支援機関をいくつか作ろうということで、今、モデル的に一つ作っています。
 今後、国の制度も活用しながら、こうした取り組みを県内に広めていこうというのが、今お話のあった「チャレンジド就業支援事業」です。まだ始まったばっかりで、これからいろいろな方々の意見を聞きながら、試行錯誤でやって行きたいと考えております。
竹中 ありがとうございます。その情報はどこで、たとえば岩手県のホームページで見られるんでしょうか。でなければ、どこに問い合わせればいいんでしょうか。
県職員 県庁の労政能力開発課というところで担当しておりますので、そちらの方に問い合わせをいただければ、答えられます。ホームページのほうにはまだ載せておりません。
竹中 はい、わかりました。ありがとうございます。
 私たちプロップ・ステーションは、12年間活動してきましたが、最初はそれこそ自分たちでお金を出し合うところから始めて、ここまで来たわけです。つまり、「最初の一歩」というのは、どんな活動にも必ずある。最初の一歩がないと二歩目もない。
 ところが、最初の一歩を踏み出した時に、「一歩しか出せへんのか。十歩出せよ」みたいに言う人もいて、そう言ってしまうと、その一歩がまたゼロへ戻ってしまったりもするわけです。
 そういう意味で、最初の一歩を踏み出した時に、その一歩をいかに官も民も力を合わせて二歩目、三歩目にしていけるかが、とても大事です。私は、今回の岩手のチャレンジで、そこも見て行きたいと思っています。
 岩手のチャレンジドの方々が、プロップまで勉強しに来なくても、自分の身近な場所で学べる。そうすると、今度はプロップ・ステーションの仕事をつなぐ機能なんかとリンクできて行くわけですよね。つまり、岩手が今始められたら、プロップが10年かかったことを、もしかしたら2、3年でできるかも知れない。あるいは1年で結果を出せるかもわからない。
 そういう意味で、私は今日、ここで岩手県の新しい取り組みを聞けたことを、とても嬉しく思っています。大信田さんは、いかがですか。
大信田 インターネットでは、地域格差がないわけですね。リアルタイムでどんどん情報交換できる。ですから、竹中さんがおっしゃったことも、本当に可能性の高いお話だと思いますね。

岩手県は「今後は発展の速度を味わえる」!?

大信田 ここにおいでいただいている方々の中には、岩手県外の方もいらっしゃいますので、岩手におけるなかなか特異な取り組みを紹介したいと思います。
 今、「官民一体になって」というお話がありましたけど、そういう意味で、「これはいいなぁ」と思っていることが、一つ二つあるんです。
 まず一つ。岩手県は非常に広いんです。
竹中 県としては日本一の面積なんだそうですね。
大信田 埼玉、千葉、東京、神奈川、この一都三県を合わせたのが岩手県の面積なんです。その中に地方振興局が12あるんです。その地方振興局が中心になって、「バリア発見隊」というのを作っているんですよ。地方振興局が県民の方々に集まっていただいて、「バリアがあったら、ぜひ言ってください」と言っているんです。
 行政としては、非常に辛いところをつつかれるわけですけど、それでもやる意味は、「問題を共有しよう」としているところにあると思うんです。ですから、こういう県の取り組みを見ると、私は「やっぱり岩手県に住んでいて良かったなぁ」と思うんですね。
 普通は、言われたくないことは棚の上に乗せて置いて、そこはちょっと紙を被せておいて、黙っておこうや、ということが多いわけです。ところが、岩手県の「バリア発見隊」という取り組みは、いろんなバリアがあるわけだから、その問題を皆で共有しようという姿勢なんですね。官民一体の良い取り組みではないかなと思いますね。
竹中 今、岩手の良いところのお話が出ましたが、あとのお二人も一言ずつ、ぜひ岩手に住まわれていて感じる良さを教えてください。高橋さん、どうです?
高橋さんの写真高橋 はい。皆さんがいろいろな形で助け合っていることを、身に染みて感じることがあります。声をかけるとワッといろいろな方が助けてくれるということを、毎日感じます。
 こうした土壌にもっと外の相手が結びつくと、本当に今まで考えられなかったようなことが起きるんじゃないかなと、これからに期待してます。
竹中 ありがとうございます。八角さん、どうですか? 
八角 岩手は、福祉にしろ、経済にしろ、全国から見れば進んでいるとは言えないわけですけれども、その分、今後は発展の速度を味わえる(笑)。
竹中 うまい事いいますなぁ(笑)。
八角 急激な変化が体験できるということでは、皆さんも、岩手というところに今この時間に存在していた意味が大きい(笑)。そういうふうに思うんです。
 で、最後に、ちょっとコマージャルしていいですか?
竹中 どうぞ、どうぞ。何かトピックがあれば、ぜひおっしゃってください。
八角 来月(9月)の22日、日曜日に、最新施設のバリアフリー検証という主旨で、岩手町で第5回の車椅子オリエンテーリングを予定しています。これは「障害者も老人も共に暮らしやすい町を目指して」という主旨で行っている行事です。もし参加してみたいという方がおられましたら、私、この後の懇親会も出ますので、ぜひ私のところまで応募してください。後日、案内状をお送りいたします。よろしくお願いいたします。
竹中 この場所をそういうふうに使う。やっぱり、これぐらいやれんと、会社の社長さんはできまへんわ(笑)。では、皆さん、後の懇親会の時に、彼を取り囲んで、「いつやねん」「どこやねん」「どんなことするねん」と、もう一回聞いてやってくださいね。
 ということで、岩手に対する熱い思いを持たれるがゆえに、「岩手がもっとこうなって欲しい」という思いも持ち、また、「岩手やからこそ、こんなことができるんやぞ」という思いも持っている素晴らしい、岩手をリードしている3人のチャレンジドの皆さん方のセッションでした。どうぞ皆さん、3人の皆さんに熱い拍手をお願いします。
 それでは、今日の最後のセッション「地元からの発信パート1」、これで終わらさせていただきます。どうも皆さん、ありがとうございました。

1日目集合写真